5-2

 国王が手元のボタンを操作する。すると、円形のテーブルに〝とある立体映像〟が投影された。それは、この世界に住む者なら必ず目にし、誰もが見慣れたものだった。


「これは、〝世界地図〟?」


 依夜が言葉を発する。そうなのだ、今しがた詞御たちの眼前に現れたのは、この世界の地図の立体映像。光の柱を中心に、無限に広がる雲海にいくつもの島々が浮かぶ光景だった。


「百も承知で言うが、一島=一国となっている、基本的には、だが。今見て貰ってるのは、〝現在〟における各国の配置場所だ。わが国はここに位置している」


 立体映像にある無数の島々の中の一つ、それが赤い光点に変わる。


「そして、これが二十年前の世界地図。一般的には破棄されて現存するのはこれだけだ」


 国王が更なる操作を行うと、今ある立体映像に重なる形で投影される。すると、違いは一目瞭然だった。


「わたし達の月読王国の位置が違う? いや、他の国々もです。それと、現在はない島と二十年前には無かった島が今はあります。お父様、これは?」

「……〝ストーム〟、ですか」


 セフィアがぼそっと口にする。それを聞いた国王は、一つ頷く。


「そう、いまセフィア殿が言われたとおり、〝ストーム〟の影響だ。これが二十年に一度の周期でこの世界を襲う。【表向き】には」


 国王がいったん口を閉ざす。そして、ゆっくりとした深呼吸をした後、話を続ける。


「【表向き】といったのは理由があるのだ、この〝ストーム〟が人為、いや人ではないな、神為じんいで行われているということだ」

「ありえんことじゃ、この世界を意のままにするなぞ!」


 ルアーハが我を忘れた様相で声を荒げる。それほどまでに荒唐無稽、根拠がなく、現実味のないことだからだ。ルアーハが声を荒げなければ、詞御が上げていたところだった。だが、逆にルアーハが一瞬とはいえ逆上したことで詞御の思考は怜悧に、そして冷徹になっていく。つい最近まで浄化屋稼業をしていたころの感覚が戻って来る。


「つまり、〝闘いの儀レクシオン〟。いや、東西の倶纏養成機関の入学の難しさ、また大人数で年齢幅が多いのも関係している、ということか。ちょうど下から上までの年齢差が二十歳というのと、闘いの儀が二十年に一度。これは、さきほどの二十年周期というのと重なる。偶然の一致として片付けるのは都合が良すぎだ」


 詞御がつらつらと言葉を紡ぐのを聞いて、依夜はハッとする。詞御の言うとおり、確かに符合する点が多い。


「……さすがは元・エースクラスのライセンス持ち。僅かな情報から真実に至る思考力は伊達ではない、ですね」


 女王が、ある意味、そして、この場で初めて言葉を口にする。


「聡明で助かる。戦闘能力だけではないその思考力を含めた総合力、期待せざるを得ない。高天殿、君の言うとおり、〝闘いの儀〟も各養成機関も全ては、この二十年周期のストームに抗うために創られたものだ」

「すると、〝パートナー〟である事にも意味がある訳ですね。女王陛下はかつて自分に言いました。〝是が非でも勝ち取ってもらわねばなりません〟と。戦い、なのですね」


 詞御は国王の目を見る。国王は一瞬だけ目をそらす。それだけで分かった。真実なのだと。


「そこまでお見通しだとは、感服せざるを得ない。そう二十年に一度の周期で、国の位置を決める、否、繁栄どころか、存亡までを含めた戦いが用意されているのだっ!!」


 ダンっと、国王がテーブルを拳で叩く。まるで何かに耐えるかのように。


「拒否、は出来ないんですね」


 詞御は、国王が落ち着くのを待って声を掛ける。


「……済まない取り乱して。そう、拒否は出来ない。拒否した場合、問答無用で雲の底に沈む運命にある。生き残り、繁栄を続けるためには、〝神の試練〟を乗り越えていかねばならぬ」

「その〝神の試練〟とは? お言葉ですが、公には出来なくても、国家間同士のトップ会合ならその対処法が……もしかして、それが〝口外できないという事〟なのですか?」

「高天殿の想像通り、神は残酷なルールを我々に課した。その一つが、〝神の試練〟の口外禁止だ。外部に露見した場合、その国はルールに違反した事になり、沈む定めにある。また、〝試練〟の中身についても、だ。それに参加者は二十四歳までとも定められているが、理由までは分からぬ。そして、参加者は一切の口外を禁ずる、と。口外した場合は、もう言うまでもなかろう……」

「拒否権も駄目、試練の中身も不明。それでは対策の立てようが無いではありませんか!!」


 依夜が立ち上がり、たまらず声を荒げる。そして、詞御に同意を求めようと彼に視線を移すが、詞御は逆に冷静だった。


「一つだけ、手段があるという事ですね。その為の〝闘いの儀〟であり、養成機関なのですから」

「その通りだ高天殿。唯一、分かっているのは、いや知らされているというべきか。それは、パートナーを選出し〝神の試練〟に出せ、なのだから。ここ最近、雲流の流れが速くなっているのが、その前兆なのだ。じきに雲の外にある国――雲外国間――の渡航も出来なくなる。それが〝神の試練〟に至る合図だ。今はどの国も選出にやっきになって最強のパートナーを準備している筈。我々とは手段・方法は違えども」

「なるほど、ね。これで何故、養成機関を二つに分け競い合わせてきたのかが分かりました。ちなみに、仮に自分たちが負けていた場合は、彼ら――リインベル兄妹――となったわけですか……」


 詞御は、軽く呼吸をすると椅子の背もたれに体重を預ける。ぎしっという音が静寂な空間にはひどく大きく聞こえた。


「一つ聞きたい国王陛下。前回のときのパートナーは現在どうしている? これだけの機密だ。管理していないわけが無い」


 すると、国王どころか、女王も目を伏せる。


「まさか……!」


 依夜が口に手を当てる。察したのだ、前回のパートナーがどうなったのかを。


「……〝神の試練〟から戻ってきた二人は、もうすでに手の施しようが無かった。我々も懸命に治療の手を尽くしたが、残念ながら……」


 国王の声はそこで途切れる。痛恨の極みだというのが、雰囲気から伝わってくる。そして、神の試練が起こす残酷な結末は、詞御の信条にも反する。故に、詞御の決意は定まっていた。

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