第14話 グッチにスニーカー

膝丈のワンピースにリュックを背負いスニーカーを履いて、商店街を歩く。

自転車は押して歩く事にした。スカートだし、シワもつくし。

グッチを着てるというだけで、なんと背筋が伸びることか。胸を張って堂々と歩きたくなるのが不思議だ。

私の中の本来の私が、口角を上げて自信満々の表情をしてくる。


でも、実際の私は狭いこの商店街をゆっくり歩くだけである。フネにもらったお金だって、使うわけにはいかずに、家賃の支払いのためにとっておかなければならない。

手詰まり女は、手詰まりのままなのだ。

いくらブランドものを身に着けたといえども、中身は変わらず腐れ女。

おかっぱ頭で若く見られがちだけど、もう35になる、就活中の痛々しい女なのだ。


まいったなー。

お先真っ暗だよ。

カップ焼きそばを買って帰ろう。

グッチ女が焼きそばだってよ。トホホ。


あの古着屋の前を通る。

暇だし、まだ日も暮れてないし、ちょっと寄っていこう。古着屋の前に自転車をとめて「いらっしゃいませー」とあの小洒落男子に迎えられた。

目を合わせず軽く会釈気味に奥へ進む。

それでも今日の私はグッチを着ているという意識が、臆せずブランド品を手に持たせる。

「それ、最近入ったばかりなんですよ」レジの前からあの小洒落男子が声をかけてきた。ヤダヤダ、いつも小汚い色あせた服を着ている時は話しかけてなんて来ないのに。

この服は、ぱっとみ地味だが、ボタンや襟のデザインでグッチだとわかる人にはわかるだろう。小金を持っていそうと見たらこうやって売り込みをしてくんのかしら。ふんだ。無視。 棚にちょこんと座っているエルメスのスカーフの値札をチラリ。うわ、1万5千円、、フネんとこで1日半、働いた分じゃん。こんな四角い布を買うために…。

あれ、まてよ。フネんとこの服とかここに買ってもらったらいいんじゃない!

そうだ。そうだよ。ゴミなんかじゃないんだ! お宝なんだから。

「すみません、買い取りってやってます?」

さっき無視したあの小洒落男子に聞いてみると「はい。やってます」とチラシを渡された。[訪問買い取り]もやっているらしい。

「お電話いただければ、ご自宅に伺いますよ」と。「あ、どうも」なんだかこちらの考えてる事を見透かされたような妙な気持ちになり、「はあ、ちょっと相談してみます」では、、と店を出た。

グッチを着てる私を見て、ブランド品を仕入れられるとでも踏んだのだろうか。

あほう。私んちのクローゼットにはブランド物なんて1個もないんだよっ。百貨店の紙袋が目立つぐらいの貧困な生活してんだから。

うつむくと、履き慣らした薄れたグレーのスニーカーが目に入り、急に恥ずかしさが込み上げて背中がカッと熱くなった。


いかんいかん。つい卑屈になってしまった。

もう何年も、丁度良く生きてきたのに。

贅沢や余裕は求めずに現状維持で生きていければ御の字なんですと、思って生きてきたのに。誰とも関わらず、誰を羨むこともなく、誰にも迷惑をかけずに生きていきたいのに。


ああ、なんだかフネが恋しい。

さっき出てきたばかりのフネの家に戻りたいような、寂しい気持ちになった。


「あ、、私の服、、フネんとこに忘れて来ちゃった。ま、いいか。あした、明日。」

自転車を押して家路へと向かう。リュックの中でペヤングソースやきそばがカサコソと私を応援しているようにささやいていた。

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