第5話 出前

玄関まで来ると、お婆さんは慣れたように手摺りに掴まりうまくバランスを取って家の中へと帰って行った。

玄関から「じゃあ私はこれでーっ」と挨拶をすると「あなた、急いでいるのー?」と返って来たので「別にーぃ、特にそういうわけじゃないですーぅ」と返事をして、しまったと思った。面倒くさい事にこれ以上関わりたく無いんだよ。

ところが「お茶でも飲んでいきなさいよー」と言われてグラっと気持ちを持って行かれてしまったのだ。

「ぇっと、じゃあ、少しだけ。おじゃましまーす…」上がりこんでしまった。

おバアさんが入って行った廊下の向こうの部屋に入ると、大きな窓の明るいリビングがあり、戸棚の向こうにキッチンがあった。

造りは素敵なのだが、なんだか雑然としている。

「お茶でもって言ったけど、お茶なんて面倒くさいから、冷蔵庫にあるので好きなもん飲んでよ」と顎で冷蔵庫を示した。

「ぁ、はい、じゃあ、」と冷蔵庫を開けると「私、あれ、黄色いやつ。シュワシュワするやつ、持ってきて」と。


「座んなさいよ」と促され、私はバ、、お婆さんの斜め向かいに座った。


ペットボトルのお茶を飲みながら部屋を見渡す。

おバアさんは何も言わずペットボトルのCCレモンをちょっとずつ飲んでいる。

「コップとか… 使わないタイプなんですね…」「え?」「いや、、。コップとか…」「洗うの面倒くさいから」「はぁ」

さっさとお暇した方が良さそうだな。

私は席を立つタイミングをはかる、そして

「さて、と、そろそ…」と言うとババアが「悪いんだけど、台所のこっちの棚に煎餅があるのよ、持ってきてくれない?なんだかお腹が空いたわ」と。「お腹が空いて、煎餅で良いんですか?」と思わず聞いてしまった。

「あんた、なんか作れるの?」「いや、、料理はできません」「そんな感じがしたわ」「すみません」「あ!、出前取ろうか、久しぶりに。あたしひとりだとなかなかね、、。そのあたりに、蕎麦屋のあれあるでしょ」「ぇ、この下がってる?」「それそれ、私はカツ丼」「もう決まってるんですか?」「そう、そこのカツ丼ね、親子丼より柔らかいのよ。あなたは?」「え〜と〜わたしは〜」

ちょっと待てよ。私はそんな贅沢できない身分なのだ。

「え〜と〜、私は、お金が〜」「お金なんていらないわよ、私が出すんだから」「いやいや、ダメダメ。そんな…」さすがにさっき初めて会った見ず知らずの老婆におごってもらうわけにはいかないわ。

「いいじゃないの。これも乗りかかった舟よ。早く、電話して。あそこの蕎麦屋は3時で1回仕舞っちゃうんだから。」と急かされつい出前を取ってしまった。

さすが近所。ウーバーイーツより早く持ってきた。玄関で受け取ると、「あれ?お孫さんかい?、婆さん元気かい? このところ見かけないと思ってたんだけど、たまには店に顔出してよ」「いえ、、わたしは、、」とその時ババアが奥から「若松さ〜ん、ごめんわたし、歩くの遅くてそっち行かないわー、その子にお金渡したから、お釣りは要らないからねー持ってってよー」とでかい声。

蕎麦屋のおじさんは「元気で安心したよ。じゃあ、もらっていくよ。毎度!」と2千円持って帰って行った。

ババァは「早く、冷めないうちに食べようよ。あんた、ここへ、ここへ持ってきて。台所から取皿も持ってきてよ」と言いながら雑然としたテーブルの3分の1を空けてスペースを作ってる。


なんだか久しぶりに人と関わったら疲れてきて、お婆さんの事をババァって呼んでた。心の中で。てへ。


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