私の終わり
増田朋美
私の終わり
私の終わり
今日は、梅雨寒というのにふさわしい日であった。梅雨の季節らしい、曇って雨が降っていながら、そして、寒い一日だった。まさしく梅雨で寒い。そういう日である。
今日、私は、何も言わなかった。この時点で、もう私の人生はおしまいなんだと思う。だって、私は生きていたってしょうがない人間だ。私は、社会的にできることなんて、何もないじゃないか。だって、そういう事だもの。私は、本当は、こうなる運命にあったのだ。なんで私が、そういうことをしなければならないのということは、本当に多くあった。それでは、終わりと言って終わりにできないというのが、人生というものである。
もう、人生は終わりだと思って、私は、何も食べるという気がしなかった。こういう鬱に陥ってしまうと、何も食べるという気がしない。食べるということが、なんだか気持ちが悪くなってしまうのである。それを医学的に言ったら、うつ病とか、拒食症とか、そういう病名になると思うんだけど、そういう事ももうどうでもよくなってしまった。私は、両親と暮らしているが、親は私に対して何も言わない。でも、もう年を取っていて、働いているのは無理だというのが体の痛みを通して、明らかに表れている。それを作っているのは私だろうから、もう、誰もが私のことを、親のことをバカにしている悪い娘だと、思われている。それはもうはっきりわかるから、もう私なんていらないってことにしてくれればいいのに。そうすれば私は、死ねるんじゃないか。そういう事ばかりが頭をよぎって、私は、いつも泣いてばかりいるのだった。
親は優しくしてくれる。でも、それが私を支えてくれると言えば、そうとは限らんない。仕事がないから、ただいさせてもらうだけである。其れだけのことである。それ以外のほしいもの、例えば、居場所とか、自分を実現させる場所とか、そういうものを持っているわけではないから。誰かと人間関係を持とうとはしても、親と一緒に住んでいるとなると、親の方へ気を使わなければならないから、そのあたりを理解してもらうことができず、結局別れてしまうことが多い。そういうことを、誰かに相談して、話すということもできない。だから、友達何て一人もいない。私は、そういう人間なのだ。きっと友達ができないのは、働けないからだろう。結局のところ、働いていなければ、人間関係も持てないし、悩みを話すことも許されない。インターネットで、友達を募集すると、自分とずっと一緒にいることだけを要求されて、結局は、自分の性交渉だけを求めているような、男性としか出会えない。そういうことではなくて、私は、自分のことを話して、理解してくれるような、そういう人が欲しいのに、私には出会えないで、そういう人ばかりになる。私は、どうして、友達というものに出会えないのだろうか。ただ、生きていてほしいという親と、自分の性的欲求を満足させるために私と短時間だけ付き合ってくれる男性との間を行き来しながら、私は、この何もない世界で、何もないまま生きていくのだった。
仕事につきたいと思っても、何もなかった。仕事らしいことはできやしなかった。この地域だと、車なしではどこにも出かけて行けない。運転免許を取るにしても、教習所に行くことが怖くてできない。私は、どうしても、男性というものは嫌いだ。だって、結局のところ、私を自分のものにして、性交渉の目標にするとしか見ていない。私を、思ってくれて、本当に私のことを理解しようとしてくれるのであれば、頻繁に会おうとしたり、すぐに抱かせてとか、手をつながせてとか、そういう体を求めてくることはしないはずだ。そういうことをしないというのは、愛の証というのも、アメリカのテレビドラマでは、放送されていたような気がした。日本では、まだまだ、男性のものになることで、救われるという暗黙の了解が、まだまだ蔓延っているようなのだ。そんな中で、私は生きていく気にはなれなかった。
だから、正直に言って、男性とどうのとか、恋愛が自分を高めてくれるとか、恋愛によって人が買われるとか、そういうことは、思いたくないのだ。だって、結局のところ、私がすべてを男性にゆだねて、男性が、すべてを統括するのだ。それは、私の意見なんて何も反映されない。そしてただ、男性の性的な要求に、満足をさせる道具になるだけである。
男性というのは、本当に身勝手だし、ただ、仕事をして、お金をやっているところに、変なプライドを持って、性的に満足させるために女性を使う存在。そういう人しか、私は見たことがないし、付き合ったこともない。
そういうわけで、私は、終わってしまったのである。今は時折、カフェのような場所へ行って、こうして持っているパソコンをいじって、こうして自分の思いをぶつけるだけである。そのカフェも、今は閉鎖されていることが多いので、私は今は自宅にいて、何か書くことに集中している。それではいけないということはわかるんだけど、私は、そうするしかない。何もないのだから。多分きっとこうしてむなしい人生を過ごすだけなのだろう。
早く世界が終わってくれればいいのにな、と私は思った。今はやっている伝染病で死ねたら、家族とも顔を合わさずに、終わりにできるのではないか、と私はそう思ってしまったのである。
そんな中、母が誰かからハガキが来ているよと、パソコンをしていた私に、ハガキを持ってきた。なんだろうとおもって、私がハガキを開けてみると、差出人は家庭裁判所。なんでこんなものがと思ったら、なんと、陪審員の募集のお知らせであった。
私は、びっくりしてしまった。なんで、こんな精神障碍者が、こんな時に選ばれるのだろう。それでは裁判が変になってしまうのではないかと思って私は辞退しようとしたが、父が、それをやってみたら、人生観も変わるよ、なんて言いだすので、仕方なく受けることにした。
母は、そんなことになった私を応援するように、スーツを買ってくれて、裁判所へ送ってくれた。私は、なんで、こんなものに、選ばれたんだろうか、と思いながら、家庭裁判所の入り口をくぐった。
あーあ、これから何が始まるんだろうと思いながら。
裁判所は、自宅からかなり離れていたが、ちょっと市街地から離れて、郊外のようなところにあったため、私はまだ幼くて、裁判の意味がよく分からなかったころ、森の裁判とか呼んで、からかって居たことがあった。その裁判に、私がまさか参加させられることになるとは、本当に、日本の司法も、変わってしまったものだなあと思う。
私は、裁判所に入ると、係員に先日届いた陪審員募集のハガキを見せて、案内にしたがって、法廷に入った。
法廷は、テレビドラマなどで見ている法廷とたいして変わりないのであるが、実際は、もっと重々しい空気が流れているような気がした。ここで、今から人が裁かれるんだ。どんな人が裁かれるんだろう。殺人を犯した人なんだろうか。それとも、誰かを恐喝して、金を巻き上げたとか、そういう人だろうか。私は、ちょっと緊張して、法廷の椅子に座った。ほかにも、陪審員は五人いた。男性女性、いろいろいるけど、皆、どんな過去を持っているのだろうか。若い人、中年のひと、老人までの六人が、陪審員として、一緒に裁判に参加しなければならないのだ。
私たち陪審員、そして裁判長と、書記官が座って、裁判が開始された。
被告人は、どんな人だろうと私は思っていたが、驚いたことに、私と同じくらいの、年齢の女性であった。そして、検察官が読んだ罪状によれば、彼女、白石愛は、五歳の一人息子の朝雄君を、一日中何もしないで放置して、ぜんそくの発作のために死亡させたというのが彼女のした悪事であるという。
「被告人は、今の起訴内容を、認めますか?」
と、裁判長が言うと、白石愛は、はいと言った。少なくとも、彼女はそれだけは認めてくれているらしい。
私は、白石愛という被告人の顔をしげしげと見た。彼女は、確かに年のころは私と同じくらいだ。でも、なぜか、私よりも、ずっと老け込んでいて、子供を持つと、そういうことになってしまうのだろうかと私は思った。私が、おそらく、押さなすぎるだけなのかもしれない。
検察官の話によると、朝雄君は、体の一部に、たばこの火を押し付けられたようなやけどの跡が見られたという。いわゆる根性焼だ。119番通報された時、救急隊員が、根性焼きを朝雄君の下半身に、多数ついているのを発見し、これはなんだと彼女に聞いたところ、私が殴りましたと認めたため、白石愛を警察に通報し、逮捕されたという。
弁護側は、白石愛は、彼女が何かしらの精神疾患にかかっていて、彼女は、朝雄君が死亡した時、精神疾患のため、心神耗弱状態だったと主張した。よく、虐待をする親が、弁護されると出てくる言葉である。よく、逃げていると批判されることがあるが、私は、彼女がそういう風に逃げているとは思えなかった。私だって、子供を育てるなんて到底できないと思う。私も、もしかしたら、白石さんと同じような事件を起こしてしまうかもしれない。
そうなんだ、なんだか同じ精神疾患を持っている同志としては、仲間だよ、と言ってやりたいような気がした。検察官が事件の全容を語っている。それによると、朝雄君は、ぜんそくの発作を起こしていたにも関わらず、白石愛は仕事に出かけて行ってしまったという。彼女は、生活費を稼ぐため、夜の商売をしていた。朝雄君の父親は不明であるという。白石さんが、望まない子供として体に宿し、中絶しようと思ったけれど、母親に差し止められて、誕生した子であった。だから、朝雄君の父親なるものは、ここにいないのだ。朝雄君は、母親だけに、育てられていたのである。それで、白石愛が仕事から返ってきたところ、朝雄君はすでに息をしていなかった。急いで救急車を呼ぼうとしたら、手遅れだったのだ。朝雄君がいつ、発作を起こしたのかは、誰も目撃者がいないため、不祥であるが、いずれにしろ、死因は、ぜんそくの発作による、窒息死であった。
弁護人が、彼女の心神耗弱状態であることを、朗々と話しているが、そこにいるほかの裁判員たちは、みんなそんなことあり得ない話だとか、なんでそんなに甘ったれたことをしているんだという顔をしていた。私だけが、何だか彼女について検察官や、裁判長が話しているのに、共感してしまっているようなものである。犯罪者に共感してしまうのは、何だかいけないことだと思うけど、なぜか私は、彼女の話が嘘じゃないなというか、そう思ってしまったのだ。
とりあえず、今日は、起訴内容だけで終わった。次は、証人尋問だ。彼女を周りの人たちは、どう思っていたのか。それについて、聞くことができる。ちょっと私は、興味があった。私も、周りの家のひとからは、きっと変な人とか、頭がおかしい人と定義されているに違いない。それを、彼女の周りの人たちはどう思っているのだろう。
私はまた裁判所に行った。今日は、まず、彼女のマンションの大家さんが、彼女の話を始めた。
「えーと、そうですね。」
こういう場に慣れていない大家さんのおばさんは、ちょっと頭をかじりながら、こう証言した。
「ええと、確かに、朝雄君の住んでいた部屋から、時折、泣き叫ぶ声が聞こえてきたりしました。家賃はしっかり払っていてくれたのですが、子供さんがよく泣くので、非常に困るという苦情も、隣の部屋に住んでいる人から、いわれたことがありました。」
ということはつまり、日常的に、朝雄君は暴行されていたということになるのだろうか。
「それで、あなたは、大家として何か注意したりしましたか?」
と検察官が言うと、
「いいえ、家賃はしっかり払ってくれていたので、何も言いませんでした。」
と、大家さんは答えた。
「どうして、朝雄君が暴行されていると思いながら、何も言わなかったんでしょうか?」
「ええ、其れさえ払ってくれていれば、私たちは、住人の生活には関与しないはずでしたので。」
と、大家さんは、そういうことを言う。
次の証人は、朝雄君を診察したという医師であった。和服に身を包んだ、影浦という医者だった。
「一度だけ、僕のクリニックに来ました。なんでもこの子を何とかしてくれというのです。確かに、ぜんそくの持病があることも確かですが、この子は、おかしいのではないかと保育園の先生に、指摘されたとおっしゃっていました。」
と、影浦は、静かに答えた。
「ではお聞きしますが、朝雄君の様子はどうだったのでしょうか?」
と弁護士が聞くと、
「ええ、ちょっと動作が鈍くてのろいという感じだとは思いました。確かに、音に反応しても、言葉に反応しないなど、意思疎通が難しいところがありました。なので僕は、彼に発達障害の疑いがあるとお母さまにお伝えしました。」
と、影浦は答えた。
「それを伝えて、彼女はどうしましたか?」
「ええ、一度だけ来院して、ぷつりと受診されなくなりました。僕たちは、彼の様子を見に行こうと、話をしていたことがありました。僕たちは、往診というものもやっていますからね。とりあえず、看護師などと話し合って、彼女のもとへいつ行こうとか、そういうことを話していましたが、その時に、この事件が起きてしまったので、僕たちも、無念な気持ちでおります。」
と、弁護士の質問に影浦先生は淡々と答えている。もし、影浦先生のいうことが本当であったなら、私は逆に殺されてもよかったのではないかと思った。だって、そのまま大人になってしまったら、反抗期とか思春期とか、そういう時期に、必ず何か問題を起こすと思われる。そうなってしまう前に、これでよかったのではないか。私は、そう思ってしまった。
「では、影浦先生、彼女に対し、どうしたら、事件を起こさずに済んだと思いますか?」
と弁護人がそう聞くと、
「ええ、僕は、まず、彼女に言いたかったのは、お子さんは正常にはならないということです。そして、日本人以外の違う民族として生きることを選んでもらうという誓約をしてもらいたかったです。そういう障害のあるお子さんを持つということは、日本人であることをある意味ではやめるということにもなりますからね。日本は、過去にあったことと、新しいこととが、混在している国家ですから、どちらにもつかないということをやっていただきたいんですよ。」
と、影浦は言った。そうか、そういう覚悟って私もなんとなくわかるような気がするのだ。日本の古い時代からあるよかったということは、絶対に障害者教育には当てはまらないというのは、私もわかるのだ。
そういうわけで、影浦先生の証人質問が終わった。私は、被告人の彼女を、恨むとか、バカにするとか、そういう気持ちは全く起こらなかった。むしろ私のようなつらい人生を送ることになる予備軍を、消し去ってくれて、良かったと思う。私は、この事件はこの事件でよかったとおもった。こんな事件で、なんで彼女が裁かれなければならないのだろうか。そのまま彼女は、彼女の人生を送れていればよかったのに。
私は、被告人席に座っている、彼女、つまり白石愛さんを、じっと見つめた。なんだかこういう所で知り合うのではなく、もっと安全な場所で知り合っていたら、良かったのに。きっと彼女となら、こういうつらい気持ちや、生きていても何も意味がないとか、そういうことを話しあえたに違いない。そういうことをしっている人間と、私も会いたかったし、お話をしたかった。そういう仲間がいてくれたらと、私も心から望んでいたのに。
次に、裁判所に呼び出されたのは、被告人質問であった。彼女本人に、検察官と弁護士が交互に話すというものである。
「あなたは本当は、かれ、つまり白石朝雄君が、邪魔だった、消えてほしかった、そう願っていたのではありませんか。それで、あの事件の起きた日、朝雄君が、ぜんそくの発作を起こすかもしれないと分かっていながら、わざと、放置して外出したのでは?」
と、検察官が聞くと、
「いえ、そんなことありません。」
と、白石愛はそう答えたのであった。
「ただ、あの時は、仕事に遅刻してしまうので、何もできなかっただけです。」
という白石愛であるが、誰もがその発言は疑わしいというしていた。つまり愛は、もう生きていることへの未練もなにもないんだなと私は直感的に感じ取った。きっと、彼女は、刑務所に行ったら、何らかの方法で自殺してしまうことだろう。息子の朝雄君ももう帰ってこないのだから。
「ちょっと待ってください。」
と、私の隣の席に座っている、中年の女性が、思わず感極まってしまったのかそういうことを言った。
裁判長が、静かにと言っても、彼女は聞かなかった。
「待って。朝雄君は、あなたが生んだ子でしょう?生んだ時に、苦しいとかそういうことは感じなかったんですか?それは女性であれば、必ず覚えていられる、言わば特権みたいなものだと思うんですが。そういう事もあなたは感じなかったのでしょうか?」
「はい、しました。」
と、愛はそう答える。
「でも、その時の感動なんて、寂しさに比べたら小さなものです。誰か、私を支えてほしいというか、これ以上に、朝雄の事ばかりで責められるのはもう嫌でした。」
そういう彼女に私は、朝雄君を殺害したのは、まぎれもなく彼女だと思った。
「では、朝雄君は、一人の人間で、彼の人生というものがあるということには、気が付かなかったのですか?」
と、別の女性がそういうことを聞く。どうやら、彼女たちは、白石愛のしてきたことに、ひどく怒りを感じているらしい。でも私は怒りというものは感じない。むしろ、朝雄君を殺害してよかったのではないかと思う。
「では、もう一回聞きますよ。あなたが、朝雄君を殺害しようと思った、具体的なきっかけのようなものはありましたか?」
と、検察官が聞く。
「ええ。保育士の先生が、朝雄を病院に連れて行って、診断してもらってくれといったときです。この子は、永久に大人になれないで、社会にも何も貢献できないものになるんだなと思ったのです。」
と、彼女は淡々と答えた。そうだよ、確かにその通りじゃないか。私だって、もうお金を作れないやつは出ていけ、死んでしまえと何回言われたことだろう。
「そういう人間をこれ以上増やすべきではないと思いました。だから、朝雄をやってしまおうと思いました。」
と彼女が言うと、私をのぞいて、ほとんどの陪審員はため息をついていた。私は、そのほうがよほど正しいのではないかと思ったのだが、彼女を見つめる弁護人も、その傍らについている人も、涙を流しているのである。
「ええ、永久に大人になれないと思って、そういう人はいないほうがいいって、私は周りのひとからそういうことを言われ続けてきたんです。だってそうじゃないですか。利益を出すのが人間にとって、一番大事なことでしょう。それを遂行しただけなのに、なんで私が裁かれなきゃいけないんでしょうか。」
と、声高らかに語る白石愛に、私は、そうだよ、その通りなのよ、と声をかけてやりたい気持ちでいっぱいになった。
「しかし、あなたは。」
と、一番端に座っていた、禿げ頭のおじいさんが、彼女に向かってそういうことを言う。
「人は、生きてはいけない人なんてどこにもいないんです。白石朝雄君が生まれてきたのは、あなたのその考えが間違っているからだと伝えたかったとは考えられませんか。もしかしたら、これから育てていけば、あなたに、それを教えてくれたかもしれませんよ。」
変な人だな。だってお金が無ければ生活も何もできないじゃないか、と私は反論したかったけれど、みんなそのお爺さんの発言にそうだそうだという顔をしている。
「なんで、、、。」
私はおもわずつぶやいてしまう。私だってそう教えられてきた。お金を作れない人間は死んでしまえと、本当によく言われた。そして、その言葉に従って生きてきたことで、何も犯罪も侵さずに生きてきたという自負心が私にはあった。働いていない人間は自由になってはいけない。そうなると、犯罪が生まれる。学校の先生や、私の家族たちは、みんなそれに縛られて生活してきたのである。だから、私だって、すぐに消えようとしているんじゃないか。
「あなたは、最愛の息子さんを殺してしまったことに、罪悪感や、息子さんに申し訳ないという気持ちを持たなかったのですか?」
と、真ん中の席に座っている、会社のお偉いさんという感じの人が、そういった。でも、それはお偉いさんだから言える発言なのだということを、彼は知らないはずだ。
「ありません。」
と、白石愛は答える。
私はむしろ、朝雄君を殺してしまったことこそ、彼女がしでかした愛情なのではないかと思った。そして、私も彼女も朝雄君も、皆この世に生きていなかった方がよほど幸せになれる存在なんだということに気が付いた。
でも、ほかの陪審員たちも、裁判長も、弁護士も、検察官も、みんな彼女が裁かれなければという顔をしている。なんで、こういうときに限ってきれいごとが飛び出してくるんだろうかと私は思うのだが、私は、そう思うのだが、、、。
白石愛さんが、もし、彼らの言う通り、法で裁かれて、実刑を受けて、更生することはあり得るだろうか、と私は思った。きっと彼女は、そうやって法でさばいてもらって、これから幸せの定義なるものを教えてもらうことができるようになるだろう。そうなると、私は、それを教えてもらえないまま、終わってしまうのかなと、ちょっと悲しい気持ちになった。
私は、もう彼女の裁判は見ていたくないと決めた。
もう、これ以上生き続けることはできないのなら、もうこの世からさようならしたい。
そう思って、私は、裁判所を出て、車のクラクションを聞きながら、道路を歩いた。
私の終わり 増田朋美 @masubuchi4996
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