第五話

「秋月さん! 秋月さん!」


「はっ!」


「だ、大丈夫!?」


「ご、ごめんなさい! 取り乱しました!」




 必死に肩を掴んで揺らしていると、秋月さんは意識を取り戻し、慌てて僕に謝った。


 そんな秋月さんを見て、僕は唖然としていた。


 人が失神するところを初めて見たからだ。


 秋月さん本人よりも混乱していたと思う。




「……私、何をして……あっ!」




 記憶を辿り、自分が何をしていたか、自分の身に何が起こったのを思い出したのか、秋月さんは顔を赤らめ、僕から視線を逸らして癖のある黒髪を撫でた。




「えっと……じょ……冗談ですよね?」




 恥ずかしそうにそう言う秋月さんに、僕は何て返していいのか分からなくなった。


 けれど、秋月さんにフラれないとこの罰ゲームは終わらない。


 だから、動揺しながら考えて、考え抜いた結果、僕は嘘をついた。




「ほ……本当です……」


「……ど、どうして私なんか……」




 俯きながら、震えた声で秋月さんがそう聞いてくる。


 その質問には、正直困ってしまった。


 僕の中に、秋月さんに恋をする理由なんて存在していない。


 けれど、僕は秋月さんを好きな自分を演じなければならない。


 困ったな……と心の中で葛藤しつつ、頭の中から秋月さんに関する僅かな情報を引きずり出した。




「えっと……一年生の頃から優しそうな子だなって思ってて……」


「そ、そう……なんですか……」




 口から出まかせに、それらしい理由を並べた。


 状況を整理できていない動揺と、胸を締め付ける罪悪感と、嘘の告白とは言え異性に深く関わってしまっている羞恥心で、体の中はドクドクと脈打っている。


 お願いだから、一刻も早く僕の事を振ってこの罰ゲームを終わらせてくれと、そんな身勝手な願いを、両こぶしを強く握って心の中で叫び続けていた。




「ご、ごめんなさい……私……お付き合いだなんて……」




 目を瞑って返事を待っていると、秋月さんは恥ずかしそうにそう言った。


 ……はぁ、良かった。


 いや、全然良くないけど、僕としては何も良くないけど、何事も起きず、秋月さんを傷つけずに済みそうという意味では良かった。


 後は僕が秋月さんをフォローして、上手く締めれば全てが丸く収まるはず。




「……だ、だよね! ごめんね、急に変な事言って」


「そ、そんな事は……」


「本当にごめん! 全部忘れて!」


「いえ……あの……」




 申し訳なさそうに、伏し目がちに言葉を紡ぐ秋月さん。


 秋月さんは何も悪くない。


 悪いのはこんな罰ゲームを提案した弓野や根本や大森で、最低なのはそれを受け入れた僕なんだから。


 だから、そんなしょんぼりした顔をしないで、とも言えずに、ありふれた言葉で秋月さんを気遣った。




「本当に気にしないで。それじゃあ……僕は行くから……」




 そう言って、振り返って図書室から出ようとしたその時だった。




「お!」




 突然、秋月さんが叫び声を上げた。


 驚いて振り返ると、震えるような声で秋月さんが続けた。




「お、お友達からなら……」


「えっ?」


「お友達からなら……大丈夫です……」




 言葉の意味が分からずに、僕は秋月さんに聞き返す。





「えっと……それってどういう意味?」




 聞き返すと、秋月さんは自分が放った言葉の意味を反芻し始めた。


 そうして全てを理解し飲み込むと、顔を真っ赤に染め上げて、あわあわとしながら、




「きょ、今日は帰ります!」




 と、そう言って、僕の横を全速力で通り過ぎ、図書室から走り去っていった。




 遠くに消えいていく秋月さんの背中を見送りながら、僕は秋月さんが口にした言葉の意味を考えていた。


“友達からなら大丈夫”


 それって、つまり…………




 言葉の真意を知り、絶句した。


 絶対に成功しないと高を括った告白は、あり得ないと疑わなかった告白は、成功した。


 つまり、簡潔に言うと……


 僕に、彼女(仮)ができてしまった……。

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