第四話

 ま、負けた……


 校舎を照らす夕日の光を背負って、吹奏楽部の練習の音が遠巻きに聞こえる放課後の廊下を一人寂しく歩いていた。


 結局、あの後誰も僕の手札からババを引く事はなく、大森に最後の一枚を引かれ、手元にババが残っていた僕がゲームの敗者になった。


 三人は大盛り上がり。


 対称的に、僕は少し泣きそうになった。


 早く告白してこいとまくし立てる三人に殺意を覚えたくらいだ。




 い、いや、大丈夫。


 そもそも、告白なんて成立するわけがないんだ。


 あんまり話した事がない人間に告白されて、受け入れる人なんてまずいない。


 秋月さんは人見知りするタイプだと思うし、絶対に僕の告白を受け入れようとはしないはず。


 それに、罰ゲームを受けるのが、秋月さんに告白するのが僕になったのは不幸中の幸いだと思う。


 他の三人が告白しに行って失敗したら、暴言を吐くと思うし、告白は罰ゲームだと秋月さんに言ってしまう可能性だってある。


 絶対に、秋月さんが傷つく結果になるはずだ。


 けど、僕なら上手く隠し通せる。


 秋月さんを傷つけずに済む。


 秋月さんはこれが、僕の告白が嘘である事を知らない。


 僕が本気で秋月さんを好きであるように見せかけて、普通に告白しに行って、普通にフラれる。


 そうすれば、秋月さんに嫌な思いをさせずに、僕が他の三人にバカにされるだけで済む。


 その役割を演じ切れれば、全てが丸く収まるんだ。


 元々は、僕がこんな酷い罰ゲームを拒否できなかったのが原因だ。


 秋月さんに被害が及ぶ事だけは絶対にあってはならない。


 だから、バカで間抜けな悪者は僕だけでいい。


 そう、道化を演じる覚悟を決めた。


 秋月さんを騙すような真似はしたくなかったけど、しょうがなかった。


 そう、しょうがないんだ。


 これしか、僕にできる事はないんだ。


 そう言い訳をしながら、放課後の図書室に足を向けた。




 図書室の前に立ち、グループラインに「着いたよ」とメッセージを送る。


 すると、弓野から「通話にしろ!」とメッセージが返ってきた。

 

 スマホを通話状態にして、聞こえてくる声を弓野達が空き教室で確認。


 本当に告白したかどうかを確かめるからと、空き教室を出る前に弓野に言われていた。


 本当に狡猾で嫌になる。


 嫌だったけど、告白した証拠がないと、永遠にこの罰ゲームは終わらない。


 ゴメン、秋月さん……と心の中で謝り、通話状態にしたスマホを胸ポケットにしまって、ガラガラと図書室の扉を開けた。


 人気のない室内を見渡すと、一番奥の窓際の席に、小柄な女の子がポツリと座っていた。


 癖のある髪の毛が椅子の背もたれにかかっている。


 ……秋月さんだ。


 後ろから、ゆっくりと近づいてみる。


 秋月さんは読書に集中しているみたいで、僕の存在には気づいていないようだった。。




「あの……秋月さん?」


「…………」




 呼んでも返事がないので、悪いかなと思いながら、肩に手を置いて名前を呼んだ。




「秋月さん」


「ぴゃ!」




 甲高い、間の抜けた声が図書室に響く。




「……ご、ごめん、驚かせちゃった? 大丈夫?」


「だ、だだだ大丈夫です!」




 慌てた様子で、秋月さんが言う。




「ゆ、遊佐君? ど、どうしたんですか?」




 秋月さんが、僕の名前を呼びながらそう尋ねてきた。


 僕の名前、憶えてくれてたんだ……


 数回しか言葉を交わした事がないから、てっきり僕の存在なんて忘れていると思っていた。


 何だか照れ臭くなって、誤魔化すように咳払いをしながら、早くこの罰ゲームを終わらせようと本題に入った。




「……秋月さん、今、時間ある? 少し……話したい事があるんだけど……」


「え……は、はい、大丈夫ですけど……」




 不思議そうな表情をして、こちらを覗く秋月さん。


 そんな彼女の瞳を見つめながら、僕は深く息を吸って、言葉を紡いだ。




「その……実は僕……秋月さんの事……」

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