第三話
「おい! ミカたんインスタ更新してるぞ!」
放課後の空き教室に、大森の弾んだ声が響く。
スマホを僕たちに向けながら、ニヤニヤと「見ろ」と促してくる。
画面には水着を着た20歳くらいの女の人が映っていた。
「あーエロ可愛い―! こんな子と付き合えたら毎日楽しいだろうなー」
「そうか? ミカは言うほど可愛くないだろ。エンセならカホ以外ありえないね」
「は!? お前バカかよ!? ミカが一番可愛いだろ! な、弓野?」
「いや、一番可愛いのはアイだわ。ミカは一番ない」
「あー? お前ら分かってないわー!」
弓野と根本に否定され、大森がいじけている。
ミカ・カホ・アイとは、アイドルグループ「エンジェル★セブンス」のメンバーの名前だ。
「エンジェル★セブンス」は七人の女の子で結成されているアイドルグループで、3rdシングル「恋するフランケンシュタイン・ミソスープ」がオリコンランキング二位を獲得するなど、中高生に人気の今流行りのアイドルだ。
弓野も根本も大森もエンジェル★セブンスにハマっていて、話を合わせるために僕もファンだという事になっている。
一応、僕は「ナオ」というメンバーを推している設定だ。
けど、本当に好きなわけじゃなくて、三人が好きなメンバー以外を選んだだけ。
「ナオ」がどんな性格で、どんな事が好きで、どんな未来を目指しているのかを僕は知らない。
付き合いで買った「ナオ」のクリアファイルも、自宅の机の引き出しの奥で埃を被っているくらいだ。
そもそも、僕にはアイドルに特別な感情を抱くという考え自体が理解できなかった。
確かにかわいいとは思うけど、会えない、気軽な会話もできない相手に多額のお金をつぎ込んだり、結婚したいと思うまで愛を注ぐのはどうなのだろうか。
おまけに、そのアイドルが結婚したりすると裏切り者とか言って罵りだすし。
勝手に推して、勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に憎悪して。
そんな不安定な関係に貴重なお小遣いを使いたくはないと、ずっと前からそう思っていた。
「そんな事よりババ抜きの続きやろうぜ」
弓野がそう言ったので、僕は机の上に散らばっていたトランプを集めてシャッフルする。
僕たちは放課後、週に二・三回のペースでこの空き教室でトランプをしていた。
トランプと言ってもただのトランプじゃない。
最下位の人物が一位の人物の命令を何でも聞く、いわゆる賭けトランプというヤツだ。
まぁ、賭けと言ってもジュースを奢らされたり、課題を肩代わりさせられたりと、まだ常識の範囲内の、可愛げのあるものだから許せる。
でも、それでも、僕はこの罰ゲーム制度を好ましくは思っていなかった。
付き合いじゃなかったら絶対にやってない。
けど、空気が読めない真面目な奴だと思われたくないから、しょうがなく付き合っている。
しょうがない。
そう、しょうがないんだ。
はじめはポーカー、ブラックジャック、大富豪など様々な種類のゲームをしていた。
けれど、いつの間にか、僕たちの間でトランプと言えばババ抜きになってしまっていた。
「ババ抜きは本当の運勝負だからな」と弓野が言っていたけれど、結局は他の小難しいゲームが面倒になったんだと思う。
まぁ、良く分からないゲームをやらされるよりは、ババ抜きの方がルールも簡単で勝つ確率も高い。
だから、余計なツッコミはしないでおこうと、そう思った。
「しかし、うちの文化祭ってホントにつまんねーよな」
「あー確かに」
「わかるわー」
シャッフルしたカードを一枚ずつ配っていると、不意に弓野がそんな事を言い出した。
根本と大森が同意の声を上げる。
文化祭。
僕たちの通う“市立北泉中学校”の文化祭は、毎年10月の終盤に開催される。
ちょうど今日から三週間後。
そのせいか、文化部・実行委員会の人たちは準備に追われていて、最近の放課後の校舎はいつもよりも少し賑やかだ。
まぁ、文化祭と言っても出店とかが開かれるわけじゃなくて、文化部の作品展示と吹奏楽部の演奏、それに加えて申し訳程度の生徒会主催の催しが行われるだけの本当に文化的で健全なお祭りだ。
これに関しては、弓野の意見に素直に同意できた。
もっと生徒が主体になって色々出来たら楽しいだろうなと、去年の文化祭からずっと思っていたからだ。
「まぁ、もっとお楽しみがあってもいいよね」
トランプを配りながら、ポロっとそんな事を口にしてしまった。
それに対して、大森と根本が「だよなぁ」と肯定してくれる。
けれど、弓野は黙ったまま。
すごく嫌な予感がした。
弓野が真面目な顔で何かを考えている時は、たいてい良からぬ事を企てている時だからだ。
ごくりと生唾を飲み、カードを配り終える。
手札から同じ種類のカードを整理していると、弓野が何かを思いついたようで、邪悪な笑みを浮かべて言った。
「なぁ、今回の罰ゲーム、文化祭特別仕様にしないか?」
「特別仕様って?」
根本がハートとスペードの5を捨てながら弓野に聞く。
「最下位の奴が誰かに告白しに行こうぜ」
弓野のその一言に、大森、根本、僕の三人が「えっ!?」と驚声を上げた。
続けて弓野が言う。
「告白が成立したら文化祭まで付き合う。それで、文化祭の当日に「北中生の叫び」で愛を叫ぶ。どうよ? 面白いだろ?」
市立北泉中学校、略して北中の文化祭には、伝統的なイベントがいくつか存在する。
一つ目は「ミスコン」。
全校生徒の中から選りすぐりの美少女を紹介し、ナンバーワンを決定する企画だ。
二つ目は「ミスターコン」。
全校生徒の中から選りすぐりの美少年を紹介し、ナンバーワンを決定する企画だ。
そして、最後に「北中生の叫び」。
文字通り、何でもいいから全校生徒の前で思いの丈を叫ぶという企画だ。
毎年、お調子者の生徒がくだらない叫びを披露して笑いを誘っているけれど、元々は誰かに想いを告げるための、つまりは告白をするための企画だったみたいで、遠い昔にある一人の男子生徒が壇上で女子生徒に告白して以来、ずうっと受け継がれてきた伝統らしい。
しかも、告白した男子生徒と告白された女子生徒は後に結婚したらしく、文化祭で想いを告げた者は絶対に幸せになれるという曰くつき。
北中における伝説的な企画だ。
ちなみに、「北中生の叫び」で告白をした生徒はその男子生徒以外は存在しないらしい。
「いや! 無理だろ!」
「全校生徒の前で恥をかくのはきついだろ」
大森と根本が微妙な反応を示す。
「何だよ、ノリ悪いな。…………じゃあ、とりあえず「北中生の叫び」はなしで……嘘告白だけでもやろうぜ。相手は……“図書室の地縛霊”とかどうよ? アイツなら失敗してもどうとでもなるし、ウケるだろ?」
弓野の改定案を聞いて、根本と大森が顔を見合わせる。
「それならアリだな。地縛霊に告白するとか面白そーじゃん」
「地縛霊ならワンちゃんあるんじゃね? モテなそうだし!」
根本、大森の好反応を受け、弓野は「だろ?」と満足げに笑っていた。
そんな三人に対して、僕は……
「いや、さすがにそれはかわいそうじゃない?」
無意識の内に、自分の本音を吐き出していた。
思わず手で自分の口を噤む。
僕、今なんて言った?
どうして、考えるよりも先に言葉が出てしまったんだろう……
慌てて三人を見る。
そして、また驚いた。
弓野、大森、根本の三人を纏う雰囲気が、のほほんとトランプをしていた時からガラッと変わっていたからだ。
その目の中に映るのは明らかな敵意。
決して同じグループに属する同級生に向けるものではなかった。
「何だよ、遊佐、ノリ悪いじゃん」
根本が言う。
「お前、地縛霊の事庇ってんのか?」
大森が言う。
「盛り下がるような事言うなよ」
弓野が言う。
「別にそういうわけじゃ……分かったよ、やればいいんだろ」
三人の剣幕に耐え切れず、“普通”が壊れてしまう事を恐れて、僕は渋々ゲームへの参加を認めてしまった。
けれど、すぐに後悔した。
僕たちのせいで“地縛霊”、つまり秋月さんに迷惑が掛かる。
秋月さんが嫌な思いをする。
いや、秋月さんに限らず、嘘の告白をするなんて事があっていいはずがない。
誰かを傷つけるような事を、遊び半分でやっていいはずがない。
僕が怖気づかずに、ちゃんと止められていたら……
「まぁ、負けなければいいんだよ、負けなければ。よし、じゃあ俺から引くぞー」
笑いながら弓野がそう言い、罰ゲーム告白を賭けたババ抜きが始まった。
納得できないまま弓野にカードを引かれ、後悔を引きずったまま根本からカードを引く。
引いたカードを確認する。
惨めで臆病な僕を嘲笑うかのように、ピエロのカードがこちらを見つめていた。
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