第3話 俺と君の今

 満流は、カフェが閉店して瑛美が出てくるところを探偵ばりに張っていたわけだが、彼女が出てくると急いで対面のコンビニからカフェに向かって走った。

「平野さん!」

 満流の声に瑛美が振り返る。

「え、何やってんの?」

 瑛美が訝しそうに満流を見ている。それはそうだ、まさかつけて来るとは思わない。

「え、いやどうしてカフェで働いているのかな、って。久しぶりだし」

「…生計を立ててます、以上。さよなら」

「さよなら、って、おい!」

 満流は瑛美の行く先の方に回って、行く手を阻んで言った。

「博士号はどうしたんだよ」

「取得したよ」

「それで?」

「…仕事はない、以上。さよなら」

「いやいやいや」


 何かと言うと話を切ろうとする瑛美を引き留めるのは容易ではなかったが、満流は自分も博士号を取得したものの仕事がなくて予備校講師をしていることを説明した。

 すると瑛美は溜息をついた。

「ああ、予備校講師やって、スター講師になって、一山当てようってヤツ?」

「ち、ちがッ…仕方なくだよ!」

「そう…」

 瑛美は「他人には興味がない」という顔をしている。それが本心なのか、そのような表情をせざるを得ないほど疲れているのか、その時点で満流には測りかねたが。

「あそこのカフェで常勤で働いているの?」

「まぁ、一応。オープニングスタッフになったらそのままずるずる…結果的にそのような形になった」

「ふーん…」

「何よ」

「月収いくらなの?」と聞こうとして、それはやめた。あまり詮索すると平手打ちでも喰らいそうなくらい、瑛美の眼付が怖かったから。


「あのさ」

「何よ」

 少しの沈黙の後、満流はある提案をした。

「これからどこかに飲みに行かない?」

「ダメよ。お金を節約しているから」

「奢るよ」

「そんなに儲かっているの?予備校講師の仕事」

「いや、そんなには」

「じゃあ、やめといたら?」

 満流は瑛美が満流との接点を切ろうとしているのを感じて寂しく思った。瑛美は昔こんなんじゃなかった。博士号を取得しても仕事がないことで余程悔しいというか苦しい思いをしているのだろう。ポスドクとして大学にも残らず、カフェでアルバイト。予定が狂ってしまっているのだろう。

「それに帰ったらまた論文を書くの。大学に残っていないけど、でもできる限りのことはし続けるつもりだから」

「平野さん…」

「違う人生を選んだ有沢くんと私は違うから。だから、さよなら」


 違う人生―――別に違う人生を選んだわけじゃないんだけどな―――。

 俺だって今も―――チャンスさえあれば―――。


「それじゃね」

 瑛美は目の前に立っている満流の脇をすり抜けて、スタスタと駅の方へ歩いて行く。

「待って!」

「しつこいな、何よ」

「これからまた連絡し合わない?ってか、何でそんなにつっけんどんなの?そんなに俺って平野さんに嫌われていたっけ??」

「え、いや…別に嫌ってはいないけど…」

「だったら、連絡して。連絡先、5年前と変わってない?」

「変わってないけど」

「それじゃぁ、よろしく」

「…うん、気が向いたら」

 瑛美は俯いた。何か考えているようだったが、結局肩にかけたトートバッグの持ち手に手をやり、そのまま歩き出した。

 満流はその後ろ姿を見つめていた。偶然ってあるんだな、まさかこんな所で再会するなんて―――。

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