第2話 お互い訳あり

「平野さん?」

「有沢君…」


 満流は思わず声をかけた。

 すぐに自分の名前が彼女から返ってきたので、彼女が自分が知っている「平野瑛美」であることを確信した。

「平野さん、何しているの?こんなところで」

「何しているの、って働いているんだけど」

「いや、それはそうだろうけど…」

「ご注文は?」

 平野瑛美は大学院では確か国際法の研究チームにいたはずだが、どうしてここで働いているのだろうか。ただのアルバイト?

 それにしてはきちんとした名札を支給されている。満流はそれが気になった。ただのアルバイトなら紙で作った即席の名札が支給されるところだが、彼女はプラスチック製の名札をつけている。ほぼここの常勤の店員ということか。

「とろふわオムライス単品で」

「かしこまりました。以上でよろしかったでしょうか」

「あ、はい」

 平野瑛美は注文をとると、そそくさと厨房の方に向かって行った。

「とろふわ一つ~」


 行政法の研究チームに属していた自分が、国際法の平野瑛美と交わるのは合同飲み会の席でのことくらいだったが、会う機会が少ない割には話す機会はそこそこにあった。平野瑛美の友人の伊勢鞠子と長らく恋人同士だったからだ。伊勢鞠子も国際法のチームに所属していたが、途中で博士論文を諦めて外資系の貿易会社に就職してしまい、その時に満流との縁も切れてしまった。海外勤務も多いとの話を聞かされ、「お互い遠距離恋愛に耐えられそうにないね」ということから恋愛関係を解消するに至った。


 瑛美のことは鞠子からたまに聞いていた。大人しそうに見えるが芯が強い熱い女の子だよ~と鞠子は評していた。

 それでたまに鞠子を介して話していたのだが、瑛美は最初「鞠子の彼氏だから社交辞令的に話している」という態度を崩さなかった。だが、鞠子が大学院を中退し瑛美と満流の前から姿を消すと、二人は少しだけ距離を縮めた。とは言っても、それ以前よりも互いに気さくに話し合うようになったくらいではあるが。


 満流は自分が博士号を取得してそれから1年間あちこちで就職活動したもののうまく行かず、結局大学生時代にアルバイトしていた予備校で世話になる羽目になったことを瑛美に告げたい気持ちになった。

 なぜなら、瑛美も瑛美で恐らく同じ境遇になっているだろうから。

 だからこのカフェで働いている、きっと。


 満流はふわとろオムライスを食べ終えたら、近くのコンビニで時間を潰して、彼女の店が閉まる時間を待つことにした。

 

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