えいみとみちる

鳥籠ララ

第1話 再会

 先生の名前、カワイイですね―――。


 それは予備校で現代文の質問を受けていたときに女子高生の一人から言われた言葉。「ガキのくせに生意気な」と思いつつ、愛想良い笑顔を返して答えた。

「たまに女性に間違えられるんだよ、子供の頃は少し嫌だったな」


 有沢満流(ありさわみちる)、30歳。

 職業、予備校講師、専門は現代文。


 満流は私立K大学で博士号を28歳で取ったものの、その後大学での仕事が見つからず仕方なく予備校講師として働いていた。

 自分が高校生のときに予備校に少し通っていたときに感じたことだが、予備校は講師もスタッフも営業スマイルがいやらしい。生徒時代、「結局、こっちから金取ってるからなー」とちょっと大きな声で呟いてしまって気まずく思ったことすらあった。

 

 高学歴であることと、若いことと、少々見目が整っていることから、満流は同僚から嫌がらせも受けたことがあった。誰もいない所で嫌味を言われたり、文房具を隠されたり。

 または生徒に自分の悪口を言われたり。今も「あの講師は女子生徒をたぶらかすから気を付けろ」という風評被害に遭っている真っ最中である。

 無論、それは全くの作り話なのだが。

「そんなことばかりして、ガキかよ」とも思っていたが「予備校講師とはそういう人種なんだろう」で最近は済ませている。

 

 俺はこんな奴らとは違う、いつか辞めてやる。

 必ずどこかの大学で教鞭を執る―――。


 そうは思うものの、今のところ何の当てもない。

 チャンスなんていつ来るのだろう?

 このまま予備校講師をしていなくてはならないのか…??


 そう思うと眩暈がする日もあった。



 ある日の講義の帰り。

 最近、マンションの近くにカフェができた。オープン記念セールなるものをやっているらしく、満流はそこに寄ってみることにした。

 薄給だがたまにはカフェで食事をしたり買い物をしたりしても良いだろう…そう思い満流は店のドアを開けた。

 カランコロン―――。

 来店の鐘の音が鳴る。

 

「いらっしゃいませー」

 店員達の声が聞こえる。

 若い男性の店員に案内されて座った席で、渡されたメニューを開き、一通り目を通す。

「お決まりの頃にお伺いします」

 若い男性店員はそう言って満流のもとを去って行く。

 ハンバーグ定食、オムライス、ビーフシチュー…どれも美味しそうだが、スープと飲み物をつけると1000円を超えてしまうのが気にかかる。

 オムライスを単品で頼むのもちょっと格好悪い気がするし、どうしたものか。

 それでも満流は800円のとろふわオムライスを単品で頼むことした。

「すみませーん」

 本当はテーブルの上にある呼び鈴を鳴らすはずだったのが、疲れていたのかそのまま店員を声で呼び止めてしまった。

 満流の声に振り返った店員は自分と同じアラサーくらいの女性だった。

 しかし、その顔には見覚えがある。

 ネームプレートを見るとそこには―――平野瑛美とあった。


 ひらの・えいみ。


 その名とその姿は―――大学院生時代の学友に間違いなかった。

 

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