第2話 懐かしの再会
私は声すら出せず、その状況を黙って見つめている。
しかし、この青年……見覚えがある。
「――シャオお嬢様、お怪我はございませんか?」
青年は優しく穏やかな口調で訊いてきた。
男達が落とした私の帽子を拾い、埃を払って渡してくれる。
両腕を動かす度に、先程聞こえた金属が擦れ合う音が聞こえてしまう。
きっと両腕とも義手なのだと理解した。
いや、それよりも――
「私をシャオと呼ぶ貴方は……まさか?」
「はい。以前、リファイン家に仕えていた執事、マーキュリ・ヴェストでございます。お忘れですか?」
「マ、マーキュリ? 貴方はあのマーキュリなのですか?」
思い出しました、マーキュリ・ヴェスト!
小さい頃から、ずっと一緒だった私の専属執事だ。
三年前の徴兵制度で私の前から姿を消したのです。
彼が丁度、十六歳の頃……今は十九歳くらいになるだろうか?
それにしても、随分と背が伸びたと思う。
顔立ちが変わらないけど……。
「はい、お嬢様」
マーキュリは爽やかにほほ笑み丁寧にお辞儀して見せる。
「そ、その腕はどうしたのです?」
「ええ、戦地でそのぅ……損傷いたしまして」
「今も軍人なのですか?」
「いえ、終戦を機に退役いたしました。この腕を見て、あの者達が勝手に勘違いしただけです」
「……そう、貴方も大変でしたのね」
「シャオお嬢様こそ、旦那様と奥様を……申し訳ございません!」
マーキュリは深々と頭を下げて謝罪してくる。
「どうして、貴方が謝るのです?」
「わたくし達が不甲斐ないばかりに……旦那様は戦犯者として処罰され、奥様も……シャオお嬢様とリファイン家をお守りできなかった……」
きっと戦争に負けたことを言っているのかしら?
でも、それはマーキュリの責任ではありません。
そもそも一人の兵士が戦況を変えられないくらい、私にもわかっています。
「マーキュリ……どうか頭をお上げください。それに見ての通り、私はお嬢様ではございません。見ての通り家の爵位を剥奪され信じていた婚約者に婚約破棄を叩きつけられ、こうして落ちぶれてしまった、惨めで愚かな女です」
「……それでもわたくしにとって、貴女様はシャオティアお嬢様にはお変わりありません。わたくしは爵位やお家柄など関係なく、お嬢様をお守りしたくお仕えしておりました」
こんな見窄らしい姿をした私に対して、昔と変わらず忠義を示してくれる、マーキュリ。
「う、うううぁぁぁ……」
彼の優しさが私の胸を熱く締め付け、これまで耐えてきた感情が一気に溢れてしまった。
人目をはばからず泣いてしまう私に、マーキュリは柔らかく微笑み胸のポケットからハンカチを取り出して涙を拭いてくれる。
彼の体温に触れていたハンカチは、ほんのりと温かい。
でも頬をかすめる指先は、とても硬く冷たい金属だ
「シャオお嬢様……よろしければ、わたくしと共に参りませんか?」
マーキュリは緊張した口調で訊いてくる。
「共に参る? 貴方が住んでいる所ですか?」
「はい。わたくしは、ここから少し離れた山小屋に住んでおります。無論、お屋敷のような所では決してございませんが、少なくてもこの場所よりは衛生的にも環境が良いかと思います」
「……よろしいのですか? 貴方の迷惑になりません?」
「いえ、滅相もございません! 寧ろ、このような場所は貴女様には相応しくない! わたくしの所でよければ……そのぅ、どうか是非に!」
マーキュリは赤面しながら、カシャッと義手を差し伸べている。
まるで愛の告白でもしてくれたかのようだ。
私は彼の純粋で真面目な仕草が懐かしく、思わず微笑みを零してしまう。
考える間もなく、私は彼の義手にそっと手を添えた。
「こんな、私でよければ……マーキュリ」
――こうして。
ひょんなことから、私とマーキュリは三年ぶりに再会することができた。
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