婚約破棄された公爵令嬢の私は最強の機械義肢兵の元執事に拾われ溺愛される話。
沙坐麻騎
第1話 機械義肢
「シャオティア、すまないがこのご時世だ。キミとの婚約を解消させてもらうよ」
ある日、婚約者のカイルが突然お屋敷に訪れ、私に一方的に告げてきた。
「……解消? どういうことでしょうか、カイル様?」
「つまり婚約破棄だよ。爵位を剥奪された家柄で、ただの女性とは結婚できない」
「そんな……あんまりです」
「悪く思わないでくれ。これも戦争に敗れた国が悪いのだ……それとキミのお父上もな」
「お父様……?」
「ああ、そうだ。ファンネリア王国軍参謀長であるキミの父上だよ。敗戦国の将として責任を取り処罰されたのだろ? 軍人家系であるキミの家も飛び火を受け、爵位を剥奪された。この屋敷とて、もうじき手放すと聞くぞ」
「はい……仰る通りです。ですが、その事と長年両家で交わされた婚約は別の筈。ずっと、私のことを愛してくださると仰ってくれたではありませんか?」
「それは、キミが国の懐刀であり公爵の令嬢だったからだよ」
十年もの間、信じてきた婚約者からの言葉。
私は両手で口元を抑え、ショックのあまり震えてしまう。
「シャオティア、確かにキミは魅力的で美しい……だが僕も自分の家柄を守らなければならない。わかってくれ――」
カイルは感情を込めず謝罪をすると、躊躇なく部屋から出て行った。
「う、ううう……酷い」
私は嗚咽も漏らし蹲る。涙が幾つも頬から流れ落ちた。
ファンネリア王国が四年近くに及び、ガイバロッサ帝国との戦争に敗北し降伏宣言してから、三ヵ月が経過した。
カイルが言った通り、私の父親は軍のトップとして責任を問われ、国王と共に特別法廷にかけられ断罪となってしまう。
そのショックで母は自害し、弟だけは養子に出すことで辛うじて難を逃れることができた。
このお屋敷も担保として、もうじき引き払わなければならない。
自己紹介が遅れましたね。
私は、シャオティア・フォン・リファイン。
十七歳で公爵家の長女として生まれる。
蜂蜜色の金髪に藍色の瞳、乳白色の肌はよく殿方から「金のユリ花」と敬称されることもあった。
先程の婚約者である、カイル・シュトルム・アドラーとは十年前に両家で取り決めた政略結婚相手だ。
年齢は私より年上の二十歳で、ブラウン色の短い巻き髪に容姿端麗であり、女性に大変モテている。
実際に女性遍歴も婚約者の私がいるにも関わらず、多くの女性との浮世が流していた。
私とは年に数回会う程度で、恋人というより友人に近い間柄だ。
この方に対して情熱的に愛し合うどころか思慕したことすらない。
どんな人だろうと、お父様に言われるがままの政略結婚相手だと割り切っていた。
まぁ、見た目通り物腰は柔らかく女性慣れしている方なので、大人しく従っていれば酷い目には合わないだろうとドライな思いもあったかもしれない。
そう、私は一度も異性に恋をしたことはない。
……いや。
一人だけ、気になる男性いた。
でも三年前に徴兵制度にて忽然と姿を消してしまった。
今は何をしているのかわからない……戦死したかもしれない。
こんな恋愛もろくにしたことのない私は、カイルと結婚することでなんとか路頭に迷わずに済むだろうと安易に考えていた。
その矢先での婚約破棄だ。
私は一気に絶望の淵に落されてしまった。
それから間もなく。
私は生活する術を持たないまま、お屋敷からも追い出されてしまう。
革製の
私の唯一の財産である。
それから惨めな生活が待っていた。
宿も取れない私は風の噂で耳にした『
ここは同じ境遇の者達が身を寄せ合うスラム街で、夕方に唯一国からの支給される炊き出しがある。
当面の間、それでなんとか飢えを凌ぐことはできた。
けれど、これまで温室で育った私がそう簡単に馴染める場所ではない。
そこは無法地帯であり、常に犯罪が起こる危険な場所でもある。
私は襲われないよう、身形を変え自分の姿を泥水で汚した。
女だとバレないよう、自慢の髪を束ねて帽子を被り誤魔化す。
いっそバッサリ切ろうかと思ったが、それだけはできなかった。
このまま私はどうなるのだろう。
もう誰にも「金のユリ花」とは呼んでくれない。
それどころか汚れ切った徒花になってしまった。
思わず涙が出てくる。泥で薄汚れた涙だ。
だけど一ヵ月くらい経った頃、少しずつだが宿無し生活に慣れてくる。
なんとか職を見つけて働きたい。ここから抜け出したい。
そう思っていた矢先だった。
「おい、小僧ッ! ここは誰の縄張りか知っているのか!?」
五人ほどの無法者達が私に向けて行ってきた。
全員が男であり、その手には鉄の棒が握られている。
この者達の噂では聞いている。おそらくショバ代をせしめようとする魂胆だと思った。
「すみません。まだ来たばかりなので……」
私は女子だとバレないよう低めの声で答える。
「初顔か? 金は持っているのか?」
「い、いえ……」
「んじゃ、今日はそのよさげな帽子でいいわ」
男の一人は私が被っていた帽子を剥ぎ取った。
バサッと長い髪が下りてしまう。
「こいつ……女だぜ?」
「しかも、よく見たら結構上玉じゃねぇか!?」
「女なら金じゃなくてもいいだぜ!」
男が強引に私の腕を引っ張る。
「痛い! やめてください!」
「おお、いい声じゃねぇか!?」
「うっひょ~、こいつは楽しめそうだぜぇ!」
嫌ッ! こんな輩に、こんな輩なんかに好きにされたくない!
助けて! 嫌ぁっ!
「誰か助けてぇぇぇぇっ!」
「――そのお方から離れなさい!」
凛とした男性の声が響き渡った。
私と無法者達は声がした方向を振り向く。
一人の青年が立っている。
この国では珍しい黒髪だ。長めの前髪から切れ長の黒瞳を覗かせている。
理知的で物静かそうな端整な顔立ち。全体的に細身ですらりとした美しい佇まい。
身形は普通だが両手に手袋をはめている。
青年は力強い眼差しで、こちらへと近づいてきた。
歩く度に体から、カシャカシャと金属が擦れ合うような音を鳴らしている。
あの青年……どこかで?
「なんだ、テメェ!?」
「そのお方から離れろと言っているのです!」
「うるせぇな、これでも食らえ!」
無法者の一人が、青年に向けて鉄の棒を振り上げ殴りかかる。
青年は逃げようとせず、片腕を頭上に翳した。
ガキィン!
金属同士がぶつかり合う音。
思いっきり腕を殴られたのに、青年は表情を一切変えることはなかった。
寧ろ鉄の棒で殴った男の両腕が痺れて震えているくらいだ。
「な、なんだ……こいつの腕!? 何か変だ!?」
「もう一度、言います。そのお方から離れてください」
青年は、もう片方の腕を口元まで上げ手袋の中指を前歯で噛み、そのまま手袋を引き脱ぐ。
――金属製の腕……機械義手だ。
よく見ると、義手の甲部分である
「こ、こいつ軍人か!?」
「やばい、軍人に手を出すのはやばい……俺達、捕まっちまう!」
敗戦国とはいえ、王国軍はまだ健在だ。
こんな無法者達が貴重な兵士に手を出すようなら、即刻厳しい処罰が下されるだろう。
無法者達は焦った顔でぶつぶつと言いながら、私から離れ立ち去って行った。
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