第10話
十年に及んだ戦争はリストリアの勝利に終わった。
国王ガルゴンが捕らえられたという報を受けたガレンダウロ軍は戦意を喪失し、降伏した。
ガレンダウロ城は当面の間、ノロマン将軍が統治することになった。
そして、へポコも解放された。
「ふえーん、ジスター! 怖かったよー!」
戦いが終結した翌日、リストリア軍がガレンダウロ城で戦後処理を進めている最中である。 ジスタもその場に残り、ノロマン将軍らの手伝いをしているところだった。
奇襲を仕掛けた際に自らが破壊したとおぼしき瓦礫を片付けているジスタのもとに、リストリア王女へポコが駆けてきた。そのまま体当たりをしてくるへポコをジスタは抱き留める。
「なんだ、ぜんぜん平気そうじゃねえか」
「ぜんぜん平気じゃないよ、もー。囲まれちゃって、他のみんなは震えるし、そのうちわたしも震えるし。ぜってー死んだと思った」
「生け捕りにしてくれたのは不幸中の幸いってとこだったな。全員首チョンパもあり得たわけだし」
「なんかー、おかしーとは思ってたんだよねー。ゼボの砦もなんだか守りが薄くて、あれ? みたいな。で、えいやって攻めたら、アッサリ落とせちゃって。あれ? みたいな」
「そこで一息入れずに追撃するのが、へポコらしいよな」
「だっていけると思うじゃん、ふつー」
「ま、そこは相手が一枚上手だったな」
「あー、なになに、お兄ちゃん自慢ですか」
へポコはジスタを肘で小突く。
「なんでだよ!」
昨日、玉座の間での戦闘に勝利した後、ジスタとイルティモはリストリア軍本隊の到着を待ち、ノロマン将軍にガルゴンとアニスの身柄を引き渡した。その際に、ジスタとアニスが兄妹であることも報告したため、巡り巡ってへポコの耳にも入ったのだろう。
「あー照れてる」
「照れてない」
「ジスタってば、ずっと言ってたもんね。自分が弱かったからお兄ちゃんを守れなかった、あのときの後悔は二度としたくない、って」
「うるさい」
ずっと昔、五歳のジスタと十歳のアニスは、ガレンダウロ帝国内の外れの都市で二人で暮らしていた。だが、十五年前、街中で龍が暴れる事件があった。街は大きな被害を受け、大混乱に陥った。二人の家も破壊されてしまったが、その瞬間には二人とも外出しており、家には誰もいなかった。ジスタは兄が、アニスは妹が死んでしまったと思い込み、運命を呪うとともに自分自身の弱さをも責めた。
もっと自分に力があれば。もっと、もっと強ければ。
その思いが二人を戦士に育てた。孤児となったジスタは、当時近くの小国を周遊しに来ていたリストリア王家に幸運にも保護され、後に勇者として認められた。アニスはガレンダウロに身を捧げ、力の象徴たる龍騎兵になった。
「それにしても、本当に一人でガルゴンを倒しちゃうなんて。ジスタは強いね」
ぱちぱちと手をたたくへポコ。ジスタは頬をかく。
「一人じゃなかったからな」
突然、日の光が遮られ、二人の体が日陰に入る。
風が舞う。
「あたしを忘れたなんて、そんなことは言わせないわよ?」
城の上空を旋回していたイルティモが二人のそばに降りたつ。
「おっとっと。ごめんごめん、もちろん忘れてないよ」
「ほんとかしら」
「ほんとだよ! 長い付き合いなんだから」
イルティモが苦笑する。
「長い付き合い、ね」
ジスタとへポコがイルティモと知り合ったのは数年前、二人が戦場で活躍し始めた頃のことである。
かつて、人と龍とは共存していた。だが、十年前、ガレンダウロが始めた戦争により、龍は平穏を求めてどこかに隠れてしまった。龍は元来、争いを好まぬ生き物である。だが、中には必要とあらば戦闘に身を投じる意思がある龍もまた、ごく少数ながら存在した。それが黒龍ガルゴンであり、その妹白龍イルティモだった。
「で、で。イルティモはどうだったの、お兄ちゃん」
ぺしぺしとへポコはイルティモをたたく。
「バカ兄貴よ」
イルティモは深いため息をつく。
「あのバカ兄貴、きみたちには……とくにジスタには、本当に迷惑をかけたわ。ごめんなさい」
昔、ガルゴンとイルティモの兄妹はガレンダウロ帝国内の森に住んでいた。やがてガルゴンは妻を持ち、妻は卵を産んだ。だがその直後、ガルゴンの妻は食に当たって倒れた。魔法使いが遺棄した薬を誤って口にしたらしかったが、真偽のほどはわからない。妻に先立たれ、ガルゴンは深く悲しんだ。悲しみのあまり、暴れて街を破壊した。ジスタとアニスの街である。
「あのときの兄貴は見てられなかったわ。あたしたちも街に居づらくなったし、人里を離れたの」
だがその後、世継ぎのいなかった先代のガレンダウロ王が、龍を後継者として探し始めた。「あたしが悪かったのかもね。意気消沈してる兄貴に、やりがいみたいなものを持たせてあげようと思ったんだけど。こんなことになるなんて」
背中を押したのはイルティモだった。
ガルゴンは先王に気に入られ、やがてガレンダウロ帝国国王として君臨した。
やり場のない怒りの矛先は、国外に向けられ、十年に及ぶ戦が始まった。ガレンダウロは勢いのままに侵略を続け、リストリアは追い詰められた。
見ていられなかった、とイルティモは言った。
兄ガルゴンをガレンダウロ国王にし、その兄が始めた戦争で他国の人間が苦しんでいる。
だから力を貸したのだ、と。
イルティモは前線には立たず、作戦の立案や修行の相手など、裏方としてジスタやへポコに協力した。前線で戦わなかったのは、警戒されないためでもあった。ゆえにジスタとイルティモの奇襲作戦は、最後の切り札として大きな戦果を上げたのだ。
「だから、兄貴を殴れてすっきりした」
イルティモは微笑む。
「オレは」
ジスタは空を仰ぐ。
「オレは、どうだったかな」
昨日の戦いを思い出す。
玉座の間には、二騎の龍騎兵が対峙していた。黒龍ガルゴンに乗る白銀の騎士アニス、そして白龍イルティモを駆る勇者ジスタ。
二騎は正面から激突した。
あのとき振り上げた槍の重さが手によみがえる。
振り返ってみると、アニスは戦いが始まる前に、すでにジスタに感づいていたような節がある。アニスとて確信を持ってはいなかっただろうが、目の前の、単騎で決戦を仕掛けてきた乱暴な侵入者が妹であるかもしれない、ということに、ジスタよりも早く気づいていたことは間違いない。
黒龍の背に乗る騎士は戸惑っていた。
ジスタはといえば、槍を振り下ろす直前になってようやく気づいた。目の前の龍騎士が、十五年前に生き別れた兄であることに。
ジスタは息を忘れた。
妙な話だが、アニスは相手が妹だと確信した途端、かえって安心したようだった。だがそれはジスタも同じだった。
兄は、妹は、生きていた。生きて、強く、成長していた。
強さを求めたきっかけが、目の前にあった。兄を想い、妹を想い、二人は強くなった。
妹は、兄は、武器を交えようとしている。
兄妹という立場を超え、十五年という月日の中で、別々の道を歩む過程で背負ってきた人々の思いを胸に、今守るべき者のために、リストリアの勇者として、ガレンダウロの騎士として、武器を交える覚悟。
その覚悟を、妹は兄の目の中に、兄は妹の目の中に、確かに見た。
自分の生き方を肯定されたような気がした。
僕は龍騎士だ。さあ倒してみろ、勇者ジスタ。
二人は言葉を交わさなかった。
斬り合い、打ち合い、叫び合った。
ガレンダウロの兵が城に戻ってきたときには、玉座の間では決着がついていた。
イルティモは、ガルゴンの首を高々と掲げ、城中に見せつけた。
ガレンダウロ兵は戦意を失い、武器を捨てた。
戦いが終わったのだ。
ドザーヌ砦へと慌てて駆けてゆく伝令の背中を一瞥すると、ジスタは玉座の脇に横たわる騎士の元へと歩んだ。
まだ息はある。目立った外傷もない。だが、ガルゴンから落下した際の打ち所が悪かったのか、目を覚まさない。
ジスタはアニスの歩みを想う。
たとえ目を覚ましたとしても、軍事裁判の手続きなどで当分の間は合って話をすることはできないだろう。だが、話したいことはある。山ほどある。少しでもいいから、聞いて欲しい。
「わたし、お兄ちゃんを殺しちゃったかもしれないと思ってた」
ジスタは震える声で話し始めた。
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