第9話

 ジスタとイルティモは奮戦した。

 群がる守備兵をジスタが突き刺し、イルティモが切り裂き、押しのけ、なぎ払い、矢の雨をかいくぐり、王宮を目指して突き進んだ。

 視線の先には壮麗な王宮が見えている。ガレンダウロ城の最奥部、その玉座の間に、帝王ガルゴンは鎮座する。

 長く続いた戦いは、ガルゴンを討ち滅ぼせば終結する。

 欲を言えば、リストリア軍の到着を待ち、万難を排して総攻撃を仕掛け、ガルゴンを追い詰めるのが理想ではあった。しかし状況はそれを許してはくれなかった。戦いも終盤に至ってからのガレンダウロは見事にリストリアを翻弄した。リストリア軍本隊は北のドザーヌ砦で足止めを食らい、へポコ王女が率いる別働隊は全員が生け捕りにされた。もはや本隊の到着は見込めず、加勢なきまま、直接敵軍の王を討つしか手立てはない。

 この突撃が失敗すれば、戦は負ける。

 衛兵を弾き飛ばし、直進する勢いはさらに増し、ジスタとイルティモはステンドグラスをぶち砕いて、玉座の間へと転がり込んだ。

 イルティモは華麗に着地し、ジスタは少しよろける。

 ジスタの目の前には、一騎の龍騎兵が立ちはだかっていた。

 白銀の甲冑に身を包む龍騎士、彼がまたがるのは一般的な軍龍よりもはるかに大きな黒き翼龍である。

 黒龍こそが、ガレンダウロ帝国国王ガルゴンであった。

 黒き龍騎兵は禍々しい威圧感を放ち、ジスタを圧倒する。

 イルティモが低く呟く。

「やはり、兄者か」

 ジスタは視線を上げる。

 白銀の騎士は、黒龍の上で硬直している。

「この期に及んで泣き言は言いっこなしだよ、お互いに。兄者は、あたしが止めてみせる」

 イルティモが牙をむき、ガルゴンが咆哮する。

 ジスタは震えそうになる足に力を込め、槍を構える。

「イルティモ、準備はいいか」

「いつでもどうぞ、ジスタ」

 ジスタとイルティモは最後の龍騎兵をにらみつけた。

「いくぞ!」

 ジスタが槍を掲げ、玉座の間に雄叫びが響き渡る。

 突進。

 同時に龍騎兵も駆け出す。みるみる距離が縮まり、ガルゴンの凶悪な牙が迫る。

 槍を握る手に力がこもる。振りかざす。

 ジスタは、黒龍にまたがる騎士を見据える。騎士の顔が近づく。表情が見える。

 戸惑い、驚き。

 腑抜けた面。


 ふと。

 そのとき。


 面頬のない白銀の兜から覗く顔のどこかに、見覚えが。あった。ある。


 見覚え。ある。どこだ。どこでだ。

 オレは、この顔をどこかで見た覚えがある。

 誰だ。これは。どこかで見た。どこで見た。

 オレは、この顔を。

 腑抜けた顔。

 間抜けな顔。とぼけた顔。

 困るとすぐに眉毛が八の字に垂れ下がる。

 そうだ、この人は。

 わたしは、この人を、忘れもしない。

「――――お兄ちゃん……?」


ジスタの股の下でイルティモが、地を揺るがす咆哮を上げる。

 イルティモは牙をむき出しにし、ガルゴンの喉笛に噛みついた。

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