第6話

 ガレンダウロ城で指揮を執っていたアニスは、北のドザーヌ砦と東のゼボ砦からもたらされる報告に力強く頷いた。

 作戦は大当たりだ。

 まず、ドザーヌ砦に思い切って軍龍を配置した。

 ガルゴンは軍龍を休ませるようにと命令したが、ドザーヌ砦で休ませてはならないとは言わなかった。確かに龍騎兵団の軍龍たちには疲労が見える。戦闘続きで疲弊しているというのはもちろんそうだが、争いを好まないという龍の元来の性質が顔をのぞかせているのではないかとアニスは踏んでいる。軍龍は軍事用に調教しやすく、好戦的ではあるが、それはあくまでも龍の枠組みの中で比較して、のことである。戦いを倦厭する期間が生じても不思議ではない。そしてそれはガルゴンでさえも例外ではない。ガルゴンは今、明らかに鈍っている。だがそこから回復すれば、再びその力を見せつけるであろう。そのために時間を稼ぐことは戦略的に意義のあることだった。

 ドザーヌ砦に軍龍を置いたのは、味方の士気高揚と、敵への牽制が目的である。

 龍騎兵団の戦闘力は高い。たとえ戦闘に参加しなくとも、味方には心強く、敵には攻撃を迷わせる材料になる。

ドザーヌ砦に迫るリストリア軍本隊を率いるのはノロマン将軍だということは事前に把握していた。ノロマン将軍は非常に堅実な軍略を好む人物であり、自軍が不利な状況では決して戦わない。

 リストリア軍本隊は大軍ではあるが、ドザーヌ砦の守備も万全だ。ましてや龍騎兵が多く廃されていることを察すれば、しばらくは様子を見るに違いない。

 違いない、とまで断言できるほどの根拠は実際にはなく、半ばはったりでしかなかったのだが、この作戦はどうやら功を奏したらしく、北の入り口では三日前からにらみ合いが続いている。

 そして何よりも、ゼボ砦の捕り物劇である。

 ゼボ砦に迫りくる別働隊の存在を察知できたのが大きかった。見通しの悪い東側から攻めてくることはないと、アニスも高をくくっていたが、念のために斥候を放ったところ、リストリア軍の小隊を発見できた。

 砦の守りを固めて撃退することも考えたが、敵は少数であり、余程の精鋭なのだろうと予想した。少なくとも、正面突破を目指す部隊構成ではなさそうだ。まず間違いなく、搦め手から攻めてくる。だが、どこから攻めてこられるのかを予想するのは難しい。

 そこで一計を案じた。

 ゼボ砦の守備兵を、極端に減らしたのである。

 砦の守りが堅ければ、敵は正面を攻めては来まい。ならば、小細工を弄さずとも落とせるほど薄弱ならば、正面から短期決戦を仕掛けるはずで、そうなれば敵の経路を限定することができる。

 ゼボ砦に迫るリストリア軍は、決して愚かではなかった。

 薄い守りに疑念を抱き、二日の間、攻撃を控えた。当然敵軍も斥候を放ち、周囲を捜索したはずだが、幸運なことに、見通しが悪い地形ゆえにこちらの作戦には気づかれなかったようだ。

 リストリア軍はゼボ砦を正面から攻撃し、素早く陥落させた。

 そしてそのまま、ガレンダウロ城の方面へと逃げる敗残兵の追撃を開始した。

 それこそがアニスの思い描いた絵であった。

ガレンダウロ城に残存するほぼすべての兵力を割き、ゼボ砦から城に至る道の半ばに軍を待機させていた。それを見て、砦の敗残兵を追撃していたリストリア軍の足が止まる。

 そこで背後の伏兵を動かすのだ。

 もともとゼボ砦にいた兵の多くは、砦からやや離れた場所に伏兵として隠しておいた。その兵を展開すれば、敵軍はもうゼボ砦には戻れない。リストリア軍を、東の道、ガレンダウロ城とゼボ砦の間で挟み撃ちにする作戦は、見事に成功した。

 非勢を悟った敵軍は皆投降し、まさに今、ガレンダウロ城へと連行している道中である。

 報告を受け、アニスは胸をなで下ろした。

 ゼボ砦を攻めていた部隊が投降したと知れば、敵の本隊はさらに攻めづらくなるはずだ。加えて投稿者の中には王女らしき人物までがいるという。

 アニスには捕虜の首に鎌を当てるつもりなど毛頭ないが、敵方としては気が気でないだろう。交渉材料にはこれ以上ない土産が手に入る。

 あとは、待つだけだ。

アニスは王城から、天に祈りを捧げる。

 王女を捕らえた軍勢がガレンダウロ城に帰還しさえすれば、この戦は勝つ。

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