第5話

 目覚めるとイルティモの腕の中だった。

 朝、だと思う。

 日の光が全く入らない洞穴だからわからないが、体感的には十分に睡眠をとった。まだ穏やかに寝息を立てているイルティモを起こさないようにそっと抜け出すと、ジスタは出口の方に向かって歩き出した。

 薄暗い洞窟である。

 完全な暗がりでないのは、宿の主の配慮だろう、ところどころに置かれた燭台の灯火のおかげだった。

 しばらくして、広間に出る。

 石の机と椅子の上に、昨夜と同じ格好でババロッタが置物のように鎮座している。

 瞼が開き、じろり、と目が合う。

「あの子とは、どういう関係だい」

 朝イチで先制パンチが飛んできた。

 なかなか言葉が出てこなかったが、

「戦友、かな」

 なんとか答えた。

「戦友、ねえ。こんなご時世だから、そんなこともあるかとは思ったよ」

「イルティモとは、知り合いなのか?」

 首を横に振る。

「いんや。ただなんとなく、気になっただけさ」

 ジスタは気になっていたことを尋ねた。

「昔から、ここで宿屋を?」

「そうさ。訳ありの客に床を貸してたのさ」

「なるほど。道理でこんなところにあるわけだ」

「知るヒトぞ知る、ってやつさ。昔は平和だったねえ。だけど戦が始まってからは、誰も寄りつかないさ、こんなところには。昔の馴染みはみんな逃げちまった」

 ババロッタはうつむく。

 洞窟の亀裂からネズミがちょろちょろと走り出てきて、ババロッタの足下を回る。ババロッタはそれをすくい上げ、手に乗せてなでた。ちゅーと鳴く。

「終わるよ」

 ジスタは言った。

「戦いはもうじき終わる。終わらせてみせる」

「あと三日以内にかい」

「そうだ。あと三日以内に。…………ん?」

 はた、とジスタは固まる。

 なぜ日数まで知っているのだ、という疑問を読み取り、ババロッタの目がにやりとゆがむ。

「この子が教えてくれたのさ」

 そう言って手のひらのネズミを示す。

「別に儂が盗み聞きしたんじゃないけどねえ。この子は昨日、あんたたちの部屋にお邪魔したんだとさ。そしたらなんだい、三日以内にガレンダウロ城を落とすつもりでいるらしいじゃないか」

 ジスタは唖然とする。

「待て。いや、待て」

 その間もババロッタはネズミの鳴き声に耳を傾けている。

「ネズミと話ができるのか」

「コウモリともできるよ」

「そのネズミは、その、奥の部屋で」

 にやり。

「ずいぶん甘えてたみたいじゃないか」

 どうやら昨夜の様子はネズミには筒抜けのようだった。ジスタは頭を抱えた。

「なにも恥ずかしがることはないじゃないかね。勇者なんだろ」

「勇者がどうした。それとこれとは話が別だ」

「やれやれ、そんな肝じゃあ、勝てる戦も勝てないよ」

 ジスタは我に帰った。

「ばあさん、戦況がわかるのか」

「引きこもりだと見くびらないでおくれ。外の話は、ネズミやコウモリが教えてくれるんだよ」

「たとえば、砦の周囲はどうなってる?」

「リストリアの兵士が大勢、北の砦に向かっているねえ。細かいところはわからないけど、それくらいなら知ってるんだよ」

 にやり。

「どうだい」

 ジスタは後ろ頭をかく。

「ばあさんってのはみんな、こんな芸当ができるもんなのか」

「あんたも歳を取ったらわかるかもねえ」

 ババロッタは声を立てずに笑う。

 そこにようやくイルティモが姿を現した。

「おはよ」

「おう、おはよう。なあ、イルティモ」

「ん、なに?」

 ジスタはイルティモに、ババロッタがネズミやコウモリと会話できることを伝え、この特殊能力はガレンダウロ城に攻撃を仕掛けるに当たって有効かもしれないと相談した。ネズミに盗み聞きされていたことは、もちろん伏せた。

 イルティモは驚いた。

「すごい。ババロッタさん、あなたの力、あたしたちに貸してくれないかしら?」

 じろり。

「あまり信用されても困るよ」

「いえ、漠然とでも状況が把握できるのはものすごく頼りになるわ。状況が動いたときなんかでいいから、たまに教えてもらえないかしら」

「別にいいけどねえ」

「やった! ありがとうございます!」

 イルティモは両手を突き上げて喜ぶ。ジスタも内心、踊り出したいほどだった。

 ババロッタの特殊能力があれば、戦況は段違いに読みやすくなる。

 あとは来る好機を逃さないようにするだけだ。

 ジスタとイルティモは洞穴の宿屋に待機した。

 しかしそのまま一日が過ぎ、二日が過ぎ、そして三日目の朝を迎えた。

 洞穴のもとにはまだ、ドザーヌ砦とゼボ砦、どちらの砦に関しても、陥落したという情報は入ってこない。

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