第4話

 ガレンダウロ城内の一角で、若き将校アニスは月明かりを浴びて思案していた。

 君主ガルゴンは冷静な判断力を失っている。数年前、戦争が始まってしばらくは、ガルゴンの戦略は冴えていた。帝国は版図を広げ、兵力を増強していった。しかし、勇者の活躍が目立ち始めてからは徐々に短慮に走るようになっていった、とアニスは思う。

 戦いの中で、将校の多くが名誉の戦死を遂げるか、そうでなければ捕縛され敵の手に渡った。年若いアニスは貴重な指揮官となっていた。

 戦況は不利だ。どうしたものか。

 やはり、龍騎士だ。

 アニスは自らの歩みを振り返る。

 かつてこの大陸には、龍と人間が共存していた。一口に人間といっても実に様々な人間がいるように、龍にも様々な龍がいる。中には人と会話ができるほど、高次の知性を持つ龍もいた。ガルゴンはそのような存在である。龍は本来、おとなしい生き物だ。争いを好まず、争いを避けて生きる。だが、龍の力は恐ろしい。ひとたび力を解放すれば、並の人間では到底歯が立たない。

 十五年前、妹を亡くした。町中で龍が暴れたのだった。

 当時住んでいたのはガレンダウロ帝国内の外れにある都市だった。親はなく、まだ小さな妹と二人で小さな家に暮らしていた。広場で龍が昼寝をする光景も、珍しいものではなかった。

 その日、突然龍が暴走した。

 今でも原因はわかっていない。家屋はなぎ倒され、街は大混乱に陥った。パンを買いに外出していたアニスが家に戻ると、目の前に龍がいた。そして龍は、我が家を破壊した。

 数日後、騒ぎが収まってから家を捜索したが、瓦礫の下からは粉砕した家具類が出てくるばかりで、遺体は発見できなかった。妹の死を決定づける証拠があれば、その後の人生は違っていたかもしれない。憎しみに狂い、龍を殺戮して回ったかもしれない。だが、実際に選んだのは、それと真逆ともいえる生き方だった。

 街中で龍が暴走したことにより、人々は龍の力を再認識した。それに目をつけたのが、先代の王だった。

 後継者がいなかった老王は、大胆にも龍を王座に引き入れた。

 龍の叡智と、その力を欲したのである。王の権力は絶対であり、決定には誰も逆らえなかった。

 とはいえ、老王も初めから本気で龍を次の王にしようとしていたわけではない。だが、次第に老王の信頼を得ていったのは確かだ。

 その龍こそが、ガルゴンだった。

 老王が気に入ったのは、軍龍の採用である。

 龍は基本的にはおとなしい生き物だが、ある程度の種族差、個体差は存在する。ガルゴン自身も比較的好戦的であったし、比較的好戦的な種族の龍を知ってもいた。

 軍龍、とガルゴンが呼称したその龍は、小型の種族だった。人間が背中に安定して乗れるのは一人まで、という大きさだが、これが軍事訓練に適した種族だった。軍龍は言葉がしゃべれず、意思の疎通はすべてガルゴンが行った。軍龍はまもなく、龍騎兵団として編成された。

 龍騎兵は、軍龍と、それに騎乗する龍騎士によって構成される。

 アニスは龍騎士を志願し、努力の甲斐あって採用された。

 事件以後、心には後悔があった。なぜ、そばにいてあげられなかったのか。なぜ、守れなかったのか。

 そばにいてあげれば、妹は寂しい思いをせずに済んだだろう。だが、そばにいるだけでは守れなかったかもしれない。

 力が、欲しかった。

 敵を押しのける力と、龍を制御する力。

 その二つを手に入れられるのが、龍騎士だった。

 十年前、ガレンダウロの王座はガルゴンのものになった。まもなく戦争が始まり、アニスも龍騎兵として戦った。

 アニスは戦場で頭角を現した。特に評価されたのは守備においてである。リストリアの攻撃を何度も防ぎ、異例の早さで将校にまで上った。

 今、ガレンダウロの命運は僕の采配に懸かっている。

 アニスはそう思っている。

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