第3話

「早くて明日。遅くても三日後にはガレンダウロ城に攻め込む。予定ではね」

ジスタとイルティモは、言わば奇襲部隊である。

 約十年前、大陸を南北に二分する大戦が始まった。南の大国ガレンダウロは、周辺の中小諸国を次々と侵略、そして吸収し、北の大国リストリアに攻め込んだ。戦いはすぐに決着するかに思われたが、そこに立ち上がったのがジスタたち、後に勇者と呼ばれる戦士である。

 勇者たちは力を合わせ、勇敢に戦った。苦しい戦局が続いたが、幾度も危機を乗り越え、やがては劣勢を跳ね返し、ついにはガレンダウロ領を逆襲するまでに至った。

 帝王ガルゴンは秘策を隠しているとの噂もあり、一刻も早く本城を陥落すべく、リストリア軍は最後の作戦を練った。

 その一端が、ジスタとイルティモである。

「山を越えるのがあんなに大変だったなんて。正直、なめてた」

 ジスタはため息をつく。

 ガレンダウロの西側には、どこの国のものでもない、険しい山岳地帯が広がっている。その山岳地帯が途切れるあたりに、洞穴の宿屋はあった。ジスタとイルティモは高い山と深い森を越えて、ガレンダウロ城を背後から狙える位置に陣取っているのだ。

「でも、イルティモがいてくれて助かった。本当に」

 首筋をなでられ、イルティモはくすぐったそうに声を上げる。

「オレ一人なら、ここまでこれなかった」

「みんな、きみを信じている。あたしも、他の勇者たちも。もちろん、へポコもね」

 幼なじみの王女の名を聞いて、ジスタははにかむ。

「へポコ、大丈夫かな」

 ジスタは頬をかく。

「肝心な所でヘマをやらかさないか、心配なんだが」

 へポコはリストリアの王女である。ジスタは紆余曲折あってリストリア王家に拾われたため、自然と仲がよくなった。活発な性格で、腕力は少女相応にすぎないが、今は勇者の一員に数えられている。

 イルティモは微笑む。

「信じましょう。あの子は優れた魔法使いよ。実力はきみも知ってるはず」

 へポコには魔法使いの素質があった。ガレンダウロとの戦争が始まり、祖国の危機を傍観できずに、前線までジスタを連れて、二人で暴れ回ったのが戦況を変えたきっかけの一つだった。ジスタは魔法は使えないが、腕っ節が強く、近接戦闘に弱いへポコをよく補佐した。二人はときには並んで戦い、時には別々の戦場で戦った。そして今は、各々が別の使命を負っている。

「辺境の砦一つ落とすくらい、わけないわ」

 ジスタはふっと笑う。

「そうだな」

 現在、ガレンダウロ帝国領内には主要な軍事拠点が三つある。最も重要なのは言うまでもなく本拠地たるガレンダウロ城だが、城に至るまでの関門があと二つあり、それが北のドザーヌ砦と、東のゼボ砦である。その二つの砦を突破すれば城までは一直線であり、そして城を包囲できれば勝利は揺るぎないものになる。

 問題は、北のドザーヌ砦である。

「そうよ。リストリア軍本隊はドザーヌ砦に向かっている。ヨヴァ砦を落とした勢いもあるわ。あのドザーヌ砦といえども、ノロマン将軍にはかないっこないよ」

 ドザーヌ砦は交通の要衝に位置する要塞であり、ガレンダウロ城とリストリアの本拠地を最短距離で結ぶ直線上に存在する。リストリア軍としてはそのドザーヌ砦を突破できれば一番早いが、そんなことはガレンダウロも当然承知の上である。砦の守りは非常に堅い。

 ジスタはイルティモの腕枕の上で頭の位置をずらす。

「確かに、ノロマン将軍ならたとえ本隊だけでも堅実に攻略するだろうな。だけど、やっぱりまともに攻め落とせる砦じゃない。へポコに懸かってるんだ」

 難攻不落で知られるドザーヌ砦を攻略する鍵を握っているのが、東のゼボ砦を攻めるへポコである。

 北のドザーヌ砦を経由するのが直線経路なら、東のゼボ砦は曲線経路である。

 ゼボ砦から城までの距離はドザーヌ砦と同程度だが、リストリア側からゼボ砦にたどり着くまでが長い。険しい山々に閉ざされたガレンダウロ領に入る道は北と東の二本だけといっても過言ではなく、さらに東の道は細く、そして荒廃しており、戦争が起きる十年以上昔の平時でさえもほとんど使われてはいなかった。

 故に、東の関門であるゼボ砦は、北のドザーヌ砦に比べれば守りは薄い。

 その弱みを突く少数の別働隊を率いるのが、王女へポコであった。

 油断しているゼボ砦をへポコが急襲し、東の道を押さえる。ゼボ砦からガレンダウロ城までは一直線であり、ドザーヌ砦の守りは役に立たない。当然、敵は動揺する。城を直接攻撃される恐れがある上、ゼボ砦からドザーヌ砦の背後に回られる可能性も否定できない。ドザーヌ砦に詰めている兵力の一部は城に戻すだろう。そうして浮き足だったドザーヌ砦を、ノロマン将軍率いるリストリア軍本隊が攻め落とす。

 これが作戦の前半部、つまりリストリア軍がガレンダウロ城に取り付くまでの算段である。

「他人の心配するより、自分の心配をしなさい」

 イルティモがジスタの髪をなでる。

「わかってる」

 ジスタはつぶやく。

 作戦の後半部の鍵を握るのがジスタとイルティモである。

 ガレンダウロ城を包囲することに成功すれば、まず勝利は揺るがない。だが、速やかに決着をつけるためには城の守りは堅固に過ぎる。

 そこで、城の背面から奇襲をかけるのだ。

 ジスタとイルティモが場内に侵入し、混乱を誘う。そしてあわよくば城門を内側から解錠することも狙うが、これは別に実現できなくともよい。とにかく統率を乱しさえすれば、あとは力押しで攻め潰すだけだ。

「オレは勝つ」

 ジスタは自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「大丈夫。信じてる」

 イルティモはジスタを包み込むように抱きしめる。

 夜は更けてゆく。

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