55 ~ルートを受け継ぐとはつまり~

「イミテーション……模造品」


「呼称するならね。そもそも名前なんてないからさ」


 ダイチの独りよがりな声量でも拾いもらすことなく答えるランディ。


「オリジナルは脈々と機関長の手を渡ってきた。それを保持し、使用することで死者の行き先を決める。機関長の役割だ。そしてまた誰かに授けることが最後の仕事だよ。彼の時計――イミテーション――は他の時計の機能を我が物にする……恐ろしいものだった。そうしてオリジナルを奪い、自らルートを消滅させようとした。これは僕に非がある。君たちには申し訳ないことをした」


「機関長の時計を奪うことと、ルートが消滅することにどんな関係があるんですか?」


 浮世離れした話の節々に、重要なワードが隠れていることは容易に想像がつく。しかし、二人にはそれらを繋ぎ線にする背景が不足していた。しばらく頭を抱え唸っていたランディがもう一度くちを開く。


「オリジナルの所有権を授かったとき、新機関長はルート自体の選択を迫られる。維持か変革かをね。ちなみに僕は変革をもたらした。でもこの通過儀礼が行われたとき、肝心のオリジナルが機能を奪われたガラクタで、ルート再生の鍵となる機能――イミテーション――は君に所有権があり、現世でただの時計に成り下がっている。つまりどういうことかと言うと、前所有者が消滅させたルートをたて直す新所有者が不在になるんだ。なんせその者は生きているんだから」


 そう言ってダイチを指さし「これでわかるかな」とつけたして、その場に腰を置いてしまった。機関長は若々しい風貌もさることながら、ときに子どものような姿を見せつける。今もそう、あぐらをかいて少し疲れた様子だ。


「それがハアトのプランだった。こんなことをしでかす奴がこれから先も現れないことを願うよ」


 ランディが笑みをうかべ、二人も楽にするように手を差し出す。当然のことながら彼の意図に気をまわす余裕のない二人は、また棒立ちのまま緊張して酸素を求めて深海をもがいていた。


「でも最後に勝ったのは僕……いや、エイジアだ」


 この場にいない功労者への賛辞として、彼の両手のふれ合う音がひとつふたつと二人の体を叩いて溶かしていく。


「彼女はこの事態――というより結末を想定していた。彼女の時計がこの場に帰還した瞬間、所有権は君に移り、保存していた記憶が解放されたんだ」


 最後にランディがサヤカを指しながらそう締めくくった。


「この時計は、人の記憶を消すものですよね? 解放というのは……」


 率直に疑問をなげかけるサヤカに対し、舌をならし指をふるランディはどこまでが本気なのか、いまいち量りかねる。


「その時計の本当の機能は、記憶を残すものだよ。消すんじゃない、文字盤に保存しているのさ。なんて偉そうに言うけど、僕もさっき思い出したんだ。君たちがその時計を持って現れたときにね。僕の記憶によれば、オリジナルが奪われたことを彼女は誰よりも先に把握していたようだ。そういえば彼女は僕の部屋を漁っていたね、確信犯だな。ああ、なるほど、それであの時――ルート消滅のとき――に帰還のタイマーを……。不思議だったんだよね、復路の分しか時計のタイマーをセットしなかったんだから。まあその疑問もいま思い出したんだけどね。そうだその時の最後の会話が、君たちがオリジナルと記憶を持ってやってくる。という内容だったよ。ということは……エイジアはもういないんだね……」


 よいしょ――――っとランディは立ち上がり、これから滑空しようとする大鷲さながらに、外連味をたっぷり抱いた両うでを開いた。


「さて、いま二人が持っている時計は前所有者から託された、正真正銘二人の所有物だ。気づいていないだけでもう視えるはずだよ。エイジアの時計が保存していた、ルートの姿を」


 ランディが叫んだ途端、二人の周囲に突如として中間地点たらしめるルートが姿を現した。

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