53 ~夏の音がする~

「開いた。でも、ただの時計だ……」


 サヤカが指爪でこつこつ叩いているものと違い、ダイチの時計にはたらしめる要素が備わっていた。だがそれだけである。先刻ルートで行なわれていた怪奇な現象はかげもなく、なぜダイチの手もとにあるのか、何をどうしても確定におよばなかった。


「こんなこと言うのもどうかと思うけど、お姉さんに会えてよかったよね」


 サヤカは気まずそうに告げたものの「シズエさん良い人だった」と、同時に満たされた表情も浮かべた。


「うん、まあそれは」


 ダイチはだらりと後ろ手に重心をあずけ、首をあたためるように回す。


「でもちゃんとお別れしたかったな」


 姉との再会。その事実に納得の顔色をみせたのもつかの間。ページをめくれば空白、あるいは打ち切りのような二度目の別れは、途端にダイチの浮ついた気持ちを地に落とした。まさしく夢からさめ現実にもどってきたのである。


「てかさ、遊びにいこうよ。今日は元々その予定だったじゃん」


 ダイチの手に時計をもどし、サヤカはなるべく尾をひかない口調で言った。


「そうだな……。でもお墓に寄っていい? そこに時計があるかどうか知りたいから」


 室内には今、二つの懐中時計がある。二人がルートから帰った際、時間が戻ったとするなら理屈が合わない。そもそも二人に記憶があり、エイジアの時計がここにある以上、前回の今日ではないはず。つまり二人は時間の概念がないルートを経由し今日を迎えたのである。ダイチの予想通りであれば――――。


「――やっぱり……無い」


 日焼けした指が「堂森家の墓」と書かれた足もとをさし示す。そこに懐中時計はなかった。あの日、二人を死後の国へ導いた時計と、いまダイチのポケットで眠っている時計が同じものか、それは誰にも判断つかないが、それでも時間が戻っていないことは確実となった。


 まもなく正午、滝のような陽ざしをうけて、蝉しぐれが墓石のあたまを叩いてまわる。ルートをさまよい歩くうち、すっかり汗腺がとじていた二人の体に久方ぶり夏の玉が浮かんだ。


「いつの間に失くしたと思ってたんだけど、帰ってきたらちゃんと持ってたんだ」


 カンカン帽のつばをつまみ目線を上げるサヤカ。その鼻筋にうすく影が掛かり、いつか見た光景にダイチの胸が微かに疼いた。そして釘付けになる。露わになった彼女の肩の丸みに、足首のラインに……。蝉しぐれが季節外れの暴雨のようだった。自動車の排気音、青信号の急かすメロディー、他さまざまな音がやかましい鳴き声の間を縫って霧散する。


「もう行こ。ひさしぶりにクレープが食べたいな」


 サヤカが小刻みな瞬きと早口な言葉にまぎれてダイチの手をにぎる。


 墓地を出るために足をふみだした刹那の出来事。


 サヤカのバッグから光がじわっと滲み出し、二人の視界が……白く染まった。

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