52 ~母、襲来~

 サヤカが差しだした時計を見たダイチは、自身の手中でじっとしている時計に目を配った。その視線につられたか否か、同じ間合いでサヤカもそちらに意識を注ぐ。握っているはずなのに、捕まえたのは時計のほうだと言わんばかりに存在感を主張する懐中時計。


「朝、目をさましたら自分の部屋にいて、これが枕もとにあったの。たぶんあの女の人がくれたものだと思う。でもそれって夢だと思ったんだけど、実際にこれがあるし……もうよくわかんなくて」


 「私たちさっきまで違うところにいたよね?」そう言いながら近づいてきたサヤカがダイチの手から時計をとりあげる。自分の持っていた時計を取り間違えないように、慎重にバッグに仕舞いこんだ。


「これが原因で、なんだっけ、なんか変な世界……」


「死後の世界」


 眉間にしわをよせ、悩ましげに時計をにらみつけるサヤカの問いにダイチが答える。視力をとりもどしたように目を明るくしたサヤカは「それ、やっぱり」と指をのばした。顔に赤みが増したサヤカとは対照に、とてもクイズに正解したとは思えない浮かない顔がさされた指の先にあった。


「夢じゃないんだな……。お前もいたってことは、あれは現実なんだな……」


 ダイチは重力を一身にうけ、まだ若干のぬくもりを抱いているベッドに腰をおとした。


「じゃああれは本物のお姉ちゃんで、サクマは本当にいて、最後は……何が起こったんだ? みんなどこに行ったんだろう」


 そのとき、扉のノック音がし、なんのためにノックをしたのか分からないタイミングでダイチの母が現れた。足で扉を押し開け、その手には飲み物をのせたお盆が水平を保っている。「あんたサヤカちゃんを立たせたまんまで何やってんの?」そう言って部屋に一つしかない机の上にお盆を置き、さりげなく椅子を引いて踵をかえした。


 「気にせずくつろいでいってね」と再び扉が閉められたあとに残ったものは、緊張感で空気が切れる気配と、サヤカが椅子に座った際の木の音だけだった。


「とにかくだけど、この時計、まえにダイチが拾ったものと同じなのかな? でもあの時はお墓に置いてたんだよね。やっぱり意味わかんない」


 首をかしげ下くちびるをもちあげたサヤカは、両手の指で艶めかしく時計を弄ぶ。しかし前回同様、彼女にその身を捧げることはなかった。


「おかしいなあ。私が持ってる時計はほら、ちゃんと開くんだよ?」


 エイジアが強引に渡した時計は素直に体をひらく。しかし中には何も入っていなかった。時計になくてはならない針はおろか、文字盤も、その下地も。ただの小物入れにしか見えない代物だった。


「本当だ。でもただの時計……でもないね。時間がわからないし。てか時計かそれ? 俺が持ってるのは――――あっ」


 ダイチの持っていた懐中時計が開いた。

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