51 ~夢だけど夢じゃなかった~
ダイチは携帯電話をかまえたまま音の主をさがすため、足をあげて床やベッドの下をのぞきこむ。するとちょうど右足付近に天井へ顔をのぞかせるそれがあった。まだつながらないサヤカへのモーニングコールを耳から離さないように拾い上げると、ほんのりと体温を吸った懐中時計が、湿った手のひらでぎらりと艶めく。その重みにダイチが様々な考えをめぐらせている
「あ、もしもし。やっとつながった。いまどこ? 家?」
サヤカの興奮まじりな声がした。巷のイメージアップを目論む塵芥車のポップなメロディもダイチの耳に届いたが、それが電話越しなのか閉じた窓越しなのか、すぐには判断できないほど遠い音だった。
「今おきたところだし家だけど、それより――――」
「じゃあそこにいて。もうすぐ着くから」
ダイチの話に耳をかさず、サヤカはさっさと電話を切ってしまった。ふと訪れる静寂が室内の隅々まで行きわたり、トートバッグを置き捨てた机や携帯電話の充電器など、それら一つひとつに厚みを与えていく。ダイチは窓をあけ、死後の国にはなかった夏の呼吸をうけいれる。それだけではない、パジャマの釦を外す指の動きも、下腹部をくすぐる尿意も、いよいよ現実での生活をとりもどしたことに他ならない。
「あつ……」
このときの外気温は二十九度。エアコンを設けていない室内はそれ以上の体感温度のはず。半袖のシャツに袖を通し、いつから洗っていないかも分からないジーンズに脚を入れる。先ほどのサヤカの慌てようとは別にしても、今日は二人が遊びに出かける日。ルートに行く前とでは少し様子が違うようで――何せ二度目の今日を迎えたのだから――ダイチは拾った時計を持ったまま、せまい室内を徘徊する。希望通りに帰宅を果たした彼の顔は一向に晴れない。
ダイチが落ちつきを取りもどせぬまましばらくし、インターホンが来客を告げ、ダイチの母が甘ったるい声をだして迎えた。
客人はやかましく階段を駆けあがり「ちょっと、話が」なんて言いながらノックもせずに扉を開けた。
「変な夢をみたの。でも、夢じゃなかったかもしれない。だって、これ、見て。ほら、これ」
肩で息をして登場したサヤカはバッグのポケットから懐中時計をとりだした。それは二人が帰還する直前に、エイジアが彼女に忍ばせたものだった。
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