50 ~行き止まり~
「お別れ……そうじゃん。ダイチたちを帰してくれるって話だったのに、なんで喧嘩してんの? だれか説明してよ」
「お姉ちゃん、もういいよ。逃げようよ」
ダイチがサヤカを連れ、二人の傍までやってきた。髪が乱れたエイジアの痛々しい姿を見て、サヤカは声をあげずに泣き出してしまう。片やシズエは腕にしがみつくダイチの言葉に応対する余裕がないようだ。
「まあ、説明するほどのことでもありませんが、では少しだけ」
言いながらハアトは脚、肩とほこりを払いながら歩きはじめた。エイジアを含む四人はまた緊張したのだが、思惑とはずれ、ハアトはそのままサクマのもとへとたどり着く。
「この国は、国と名乗り始めてから少しずつ狂いだしました」
サクマから時計を受け取る。それは彼が神父としての務めを果たすための大事な相棒だった。
「ルートの名をもちながら、蔓延る人の数は増加の一途」
その彼の相棒を……一切の躊躇いもみせず、床にたたきつけた。その身を守っていた殻は分かれ、文字盤を覆っていた膜もはじけ飛び、神父たらしめる機能はすでにハアトの時計に還っている。いまや壊れた時計はただのアクセサリーにすらならない。
「こんなものがこの世界にあり続けるから……歴史は繰り返される」
ハアトの時計が手のひらの上で面をあげた。オリジナルである彼の時計がその原点たる機能をみせようとする。……しかし、光を発しない。
そのとき、小さな開口から稲光のような鋭い光がさしこんだ。そしてそこから見える景色は、今までのどんなルートとも違っていた。天が踊っている、あるいは怒っているような、そんな光り方。この国特有の曖昧な色ではなく、たしかな意思を持って光っている色だった。対してハアトの時計は光を纏うこともなく、ただただ開いた口から阿鼻叫喚を演出している。それは奇怪な天模様に恐れおののく国の叫びだった。
「……もう終わらせましょう」
咄嗟に、エイジアがサヤカのポケットに何かをいれた。
「これで最後です」
ハアトの合図を機に、彼らの視界は白くつつまれた。だれもが目を閉じる間もなく、無情なほどに切ない一瞬だった……。
・・・
「…………んんっ」
窓ガラスを介して容赦ない日差しがダイチをおそう。彼の意識が覚醒するにつれ、携帯電話の着信音が大きくなる。もちろん、音量にグラデーション機能はない。彼の耳が遅れて現実に帰ってきたのだ。しかしそんな風に呆けている間に、着信音が途絶えてしまった。
そして完全に覚醒したダイチは勢いよく体をもちあげ、周囲を見渡した。そこにあるものは、広くて白い無機質な世界ではなく、慣れ親しんだ懐かしい部屋だった。生活感のある匂いはもちろん、首もとが汗で湿っていることが彼に生を実感させた。ルートから帰ってきたことを確信し、サヤカの様子が気になってようやく携帯電話を開く。すると先ほどの着信履歴が残っており、相手は目的の彼女だった。
そのディスプレイ上でもう一点気になることがあった。画面の左上にダイチの目が留まった。そこに記載されていた日付は姉――シズエ――の墓参りにいった翌日だった。
とにもかくにも、サヤカへのコール音を聴きながらベッドから足を投げ出すと、床面から鈍い音がした。何かが落下したような、そんな音が。
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