49 ~ハアト(主人公)の嫉妬心がエイジアに牙をむく~

 機関内に数多ある懐中時計のなかで、オリジナル――原物――とよばれるハアトの懐中時計。


「よくご存知で。そして、僕が持っていることも予想がついていた様ですね」


「ずっと調べていました。私はそれを手にいれるために機関に従事していたんですから。でも予想が当たってほしくなかった……」


 おさえられながらも顔を横に向け、力一杯に歯をくいしばっているエイジアは、目が血走り、さながら獣のような形相だった。


「ああ、神の視点とも呼んでいますね。名付けとしては的外れだと思います。やはりそうですね……落としものと呼んだ方がしっくりきます。そしてあなた達が持っていたものは、だれかが落とした際に欠けてできた破片だってことです」


 空いている左手で必死に抵抗するエイジア。自身の髪をわしづかみにする腕をほどこうと躍起になるも上手くいかず、もどかしそうに蠢くだけだった。そんな彼女の視界にぐったりとしたままピクリとも動かないアイビイの姿があった。そしてその横で、横たわるアイビイを見下ろしてリラックスしているサクマも……。


 最後の抵抗として「オリジナルをよこせ」と喚いてみるも、はいどうぞと素直に応じる相手でもない。


「そもそも、あなたが探していたのはこんな玩具ではなく、担当していた彼のことでしょう? 目的と手段がすりかわっていますよ」


 そう言ってハアトは、蔦のように動きまわるエイジアの左うでに、自身のうでを絡め、力のかぎり捻じりこんだ。途端、ついにエイジアは悲鳴をあげ、もはやどこが折れたのかも分からない腕をだらりと地におとした。


「それとですね。僕にこのオリジナルをさずけたのが彼です。これであなたの求めている答えとします」


 戦意を失ったエイジアはもう抵抗しなかった。その様子に満足したのか、ハアトはゆっくりと腰をあげ、念のため脚も不能にしておこうと右脚をもちあげた。次の瞬間、彼を中心に鳴った音は……骨の音ではなく、なにかが衝突した音と、ハアトが転んだ際に発した声にならない声だった。


「硬いなあ、もう。いい加減にやりすぎだよ」


 ハアトに体当たりをきめたシズエが、ぶつかった頭と肩をさすりながら叱っていた。そしてエイジアをそっと仰向けにした。これ以上苦しまないよう、左うでを庇いながら。状況の理解が一歩遅れたエイジアは、今ようやく何が起こったのか追いついたところだった。


「あなたは……。嗚呼、弟に会えたんですね。少しだけ、ほんの少しだけですが、気になっていました……」


 記憶を戻しそびれたシズエには何の話かわからない。正直、今この四人がどんな事情で揉めているのかもわからない。しかし、女性に手をあげる男は総じて悪い。という確かな正義があった。シズエの行動はその正義に則ったまでである。


「いやあ、びっくりしましたね。シズエさん、もうすぐお別れです。最後まで仲良くしましょうよ」

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