47 ~二人を現世へ帰します。~
邪な思惑と視線をかわす二人に対し扉一枚をはさんだ三人は、いまだ広間で数年分の話題を口々にしていた。いまではすっかりダイチの緊張もとけ、サヤカと共にシズエに弄ばれているほどだ。
シズエとしては、どうやらまだ男女の仲になっていない二人のことが気がかりで仕方がないようだ。彼女がサヤカと初対面を果たしたのはつい先ほどだが、なかなか激しい感情の起伏を見せるわけでもないサヤカが、弟であるダイチを意識していることは明らかだと、会話の節々からそう感づいていた。
ダイチはダイチで、こちらはわかりやすくサヤカを意識していた。彼女になにを聞かれてもぶっきらぼうで目を合わすこともせず、姉のシズエにばかり目と口を向ける始末。もちろん二度と会えないと思っていた肉親との再会は喜びも
夜がふけない、終わることのないこの国で、そんな彼らの団らんに水をさすものはない。あるとすれば……それはたった今三人の意識を奪っていった、窮屈な棺からラッチが解放される音だった。
「心ゆくまでお話できましたか?」
現れたハアトはサクマを従え、陽気な声をあげる。皆がほくほくとした顔でうなづいている。シズエは「まだ足りないけどね」なんて言っているが、その声色に含まれる嬉々としたリズムは心底満足した様子をあらわしていた。もっとも満足したといま見切りをつけなければ、それこそ永遠にしゃべり続けていたかもしれない。
「それは良かった。では当初の約束通り御二人を現世へ帰します」
厳かな広間が急に本来の静けさを取り戻した。三人が押し黙った先ほどより一層しずかになったのだ。「いまですか?」「あんたにそんなことができんの?」怪訝な面持ちを隠そうともしない三人に、ハアトは動じる様子もなく話をつづける。サクマは少し離れた位置でおとなしく窺っていた。
そしてその視線の先で、ハアトは胸もとに忍ばせた懐中時計を取りだし、そっと両手でふたを開けた。生き物を落とさないように、あるいは誰かに献上するように。
「時計を拾ってくれた恩を返すと決めたとき、任せてくださいと言ったでしょう。僕はね、なんでも出来るんですよ。とはいえ、面倒くさいのが来ないうちにやってしまわないといけ――――ま……あれ」
一瞬、その場にいた誰もが船をこいでいる気分に陥った。視界にすなあらしが一閃し、ノイズは人語をかき消していった。たったいま違和感を共有した者同士、体をこわばらせ、背すじに力をいれていた。ただひとりを除いて……。
「面倒くさいのって、私たちのことですか?」
長身のハアトのあご下にせまったエイジアが、曇りない眼差しで見上げていた。その両手にそれぞれ一つずつ懐中時計携え、今やハアトの手は空をにぎっていた。
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