46 ~暗く、せまい部屋。ひと仕事を終えた長身の男が二人、なにも起きないワケがなく……。~
この国のなかでもひと際えらそうに鎮座するサクマの城――執務室――は実はただ大きいだけの灯台でしかない。彼がおこなう本来の業務とは、この十平米ほどのせまい室内で行なわれるものだった。
「道中スッキリした顔の人たちとすれ違いましたよ。あなたが代わりに対応してくれたんですね。どうりで天の様子がおかしいと思いました」
言いながらサクマは壁面に備えられている奥行きの短いカウンターを素手でみがいている。対するハアトはうでを組み、いま通り過ぎたばかりの扉にそっと背中を預けた。重なるくちびるは真一文字の線をひき、両の目は何も見ないでいるように閉じている。
「ところでまた日本に行ったんでしょう? どうでした今回は。えびそばは食べました? 東京にもありましたよね?」
気にせず話を続けるサクマはもうひとつの扉から奥の部屋へと進んでいく。この二つの部屋はカウンター上部の開口越しにつながっており、案内係は壁をはさんで迷える保留者たちに時計を使用している。開口といっても、カウンター天板に沿って設けられた高さ九センチほどのスリッドであるが。
「あなたが時計を失くしたと知ったときは気が気じゃありませんでした。まあおかげで、こんな自分にも生きた心があることを思い出しましたけどね」
サクマは扉をあけたまま自身の机まわりを片付けている。そのまま壁一枚をへだてた格好で、いつかダイチの口を割らせて聞いたことを話題にしてみた。
「失くしたのではありません。落としたのです」
当然、無視されるであろうと予想していた話の主は、顔をあげ、せまいスリッドからハアトの顔色をのぞこうとした。が、細いすきまに壁の厚み、彼の視界にうつったものは、少し離れたところにあるぶっきらぼうに組まれた両うでだった。サクマは耳にした言葉――――「失くした」ではなく「落とした」という文言に反応したのだ。
「……そうですか。ダイチさんから拾ったと聞いたとき、薄々そんなことも脳裏をよぎりましたが。やはりあなたは落としたんですね」
「ええ。しかも、私は時計を手放した影響か、なぜか大阪府に到着していました。さすがに焦りましたよ」
今度こそサクマはハアトと同じ部屋にもどり、閉ざされた彼の目にあつい眼差しを送り続けていた。
「ほお。それは興味深い。ぜひともそのときの様子を聴かせてもらえませんか? もちろん後ほどで構いませんので」
このときようやく、ハアトはうでをほどき、目を開け、懐からぎらついた相棒をとりだした。
「残念ですが、その機会はやってきません」
「と、いいますと……」
サクマの顔にうかぶは疑問と期待にみちた表情。もったいぶるハアトを急かさぬよう、決して機嫌を損ねぬよう、それでも次の言葉を待ちきれず、餌を欲しがる飼い犬の顔になっていた。
「準備は整いました。もう所有者は移っています」
一方で、ハアトの落ちついた声音が、相棒の時計に語りかけるように続ける。
「それに、彼らが入国したことで、あの二人――それと機関長の目も厳しくなっています」
ハアトは時計を開き、今まさに迫っている二人の案内係の動向を探っていた。手もとの時計に発光の様子はない。そして少し顔をそらし、現世から連れてきた彼らにむけ扉越しに思いをよせる。
「今この場ではじめてしまえば良いのです。サクマさんにはこの件でお世話になりました。感謝します」
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