45 ~喋っていない人もいますが、こんな多人数を同時に登場させたのは初めてです。~
身を黒く固めた二人が執務室をあとにしてすぐ、エイジアは「先に済ませる用事があります」と門とは反対の方向――機関の中央部――へ足をむけ言った。肩越しにアイビイと目をあわせているが、とくに反応のない男をしり目に、単身離れていった。
そして、アイビイが門の前で孤独を感じはじめたころ、ようやくエイジアが姿を見せた。
「遅かったですね。一体何の準備をしていたのですか?」
「別になにも、あなたには関係ありません。あと、代わりの門番を依頼していました」
戻ったきたエイジアに妙な様子はない。強いてあげるとすればそれは今、門が明けた大きな口の前で立ち止まってしまったことくらいだ。信号機の無い横断歩道を渡る寸前のように、あるいは大げさに表すなら、生まれて初めて水面に足をつける赤ん坊のように。先に門を通過し機関を出たアイビイも不審がり振りかえる。
……何かを言いかけてやめたアイビイは、言葉の代わりに自らが近寄ろうと門へと踵を返したが、エイジアが右手でそれを制するかたちとなった。彼女の脳裏に埋没していた数々の言葉――「そんなことは知らなくても良い」「これは仕事」――そして死後に出会えた同僚たちの顔。「時があなたを縛り付ける」いつか誰かがそう言ったこともあった。彼女は胸のしこりを自覚したまま、確かな意志をもって一歩ふみだした。
エイジアが死後初めて機関の外へ出た瞬間だった。
・・・・・・
場所を変えて、ここはサクマの執務室。先ほど集まったばかりの男女が三人、少しおかしな様子でいた。およそ六年の時を経て再会をはたした姉弟が交わす会話は、それはそれはぎこちなく、不安定な抑揚を孕んでとびかっている。異国で知りあった男女でももっとましな関係を築けそうなもの。それほどに、互いに相手の投げるボールを丁寧に両手でつかむような、テンポとキレの悪い時間が続いていたのだ。
もっとも、壊れた樋から水が滴るがごとく不快な手触りが続いているのは、どれもこれも女々しいダイチのせいである。姉と幼馴染が並んでいる状況は彼にはどうにも良くないらしい。耳まで赤くして、口から出る稚拙な感情は、毎度甘く噛まれて痛そうだった。
さて、そんな居心地の良いような悪いような日本産雰囲気を素通りし、長身にブラックスーツを着こなした二人の案内係が奥の部屋へ消えていった。
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