42 ~そんなところで何してんねん~

 二人はダイチたちの到着を信じて待つ間、現世の話に華を咲かせていた。母校の図書館が改修され蔵書量が増えたことによりサヤカは喜んでいるが、シズエは本を読むことが苦手で授業以外で図書館に行ったことがないこと。高校最寄りの駅前に大きなショッピングセンターが建ち、入学早々あたらしい友達と遊びにいったこと。そして、最近のダイチのこと。


「今年のバレンタイン、せっかく手作りのチョコを渡したのに。それをどうしたと思います? こっそり別の男子の下駄箱に入れたんですよ。信じられませんよね」


「それはひどい。ちゃんと泣かした?」


「そこまでの――――」


 話こんでいる最中、のどをしめつけるような重低音にのり扉が開き、二人はおどろいて肩をいからせた。その方を見ると、また一段と濃くなった国の空気をまといながら、何人かの――保留者と思わしき――人が次々と敷居をまたいでいた。二人を気にしている様子は見受けられない。


 目もとに何の気配も携えず、虚ろに歩く十人ほどの保留者。最初に入館し、二人に近づいてきたのは口ひげを乗せた恰幅の良い男性だった。サヤカの脳内が咄嗟にバーでの凄惨な状況を掘りおこしてしまい、彼女は身をこわばらせてシズエにすがりついた。しかし男性は二人の目の前を素通りし、続けてひとり……また一人と、玄関扉の反対側についている扉を開ける。サヤカはそこに扉が、それすなわち部屋が存在することを今はじめて知った。あまり目立たないように、首を伸ばして開いた扉のすき間から部屋の中を見られないか試みるも、どうにも暗闇に包まれているようで、力のない保留者たちの背中を見送るだけだった。


「シズエさん、あんなところに部屋がありますよ」


「そりゃ私たちはあそこに用があって来たんだもん。でも、サクマがまだ帰ってないし、どうしようもないはずだけど……」


 サヤカはその返答では要領をつかめず、シズエが口にする「私たち」のなかに、自分が入っていないことは理解してしまった。


 しかしサヤカの追撃を遮るように再び扉は開かれ、そこから現れた男性の様子はシズエの想像を覆すものだった。二人を素通りしたつい先ほどと違い、雲が晴れたような表情と足どりで、いまさら不埒に二人に声をかけているのだった。


 その後も続々と、まるで迫力のあるSF映画を見終わったあとの映画館のように、燦燦とした顔つきが並んでいた。二人に陽気なあいさつをする人、肩をゆらし愉快に歩く人。違いこそあるものの、みな一様に明るくなっていた。


「何があったんでしょう……」


 そう漏らすサヤカの目線が、誰もいなくなった先の扉を見つめていた。暗い室内での情景に想像を働かせていると、おもむろにハンドルが首を垂れる。中から、黒づくめの男――――ハアトが現れた。

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