38 ~彼はいつでもマジメなのです。~
――――機関で働くほどの罪?
「それって――――」
「アカリさんはとても綺麗な髪をしていますね。やわらかくて、色も個性的です。でもこの国に美容室なんてありましたかね?」
もういちど脚を組みかえたこと以外、あくまで自然に、あくまで紳士に、サクマは二人の間に割ってはいった。
「ううん。この髪色で死んだんだもん。元々こうだよ」
アカリの目線がサクマへ移った。サクマの表情や声色に目立った変化はないものの、その胸の内には動揺が走ったにちがいない。
「でもおかげで得してる。この店暗いじゃん? だから白い毛先は浮かびあがって、揺れるときれいに見えるんだよ」
ほら、ほら――――と、アカリは頭をふり、自ら毛先を揺らしてみせる。
儚げな狼煙の尾のように白線を引く毛先に、ダイチの目はくぎ付けになった。一方のサクマは弾む毛先に煽られるが如く、動揺が足を踏みはずしそうになっていた。
そしてまた、三人を無視して下品な笑い声が場を乱していった。
アカリは言葉の通じない、いても意味のない三人に、身振り手振りと片言の英語でなにかの指示――に見えるだけで、ただの罵倒かもしれない。――を出した。アカリを含め、四人の女性たちは立ち上がり、手を忙しなく動かしながら早口で会話をくり広げるものだから、ダイチはすっかり委縮してしまった。
つかの間の後、アカリを残して三人の女性たちが礼もせずに引きあげていった。
「うるさいだけだし、あがってもらったよ。別に良いでしょ?」
ダイチはあんなに楽しんでいたくせに、今となってはうんうんと頻りに頷いている。サクマはというと、ひざ高ほどの位置にあるテーブルの天板にひじをつき、大きな背中を猫のように倒していた。両手をくみ、頭をのせ、彼女の言葉への反応はない……考え事をしているようだ。
「隣に座るね。あの人と違って、あなたはただの保留者みたいだから」
そう言って移動したアカリに「それに、なんだか真剣だしね」と耳もとで囁かれたときのダイチは、なんとも締まりのない顔をしていた。ここにカメラがあればサヤカに見せてやりたいほどだ。
いつの間にか――――いや、この店に入ってから、明らかに二人の関係性は狂いはじめている。そもそもダイチの姉を探す旅だったにもかかわらず、今やダイチは女を抱え、サクマは頭を抱えている。場のだれもが気づかぬうちに、違和感のある構図になっていたのだ。
「……そういえば、一箇所だけ探していない場所がありました」
ようやく抱えていた頭を置いたサクマの目に、火がともっていた。
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