37 ~だからって、寂しさを女で埋めるやつじゃない。~

「正直に申し上げますと……完全に策がつきました」


 サクマとダイチは、小粋なジョークをとばす女のいる店でテーブルをはさんでいた。頭上に小さな穴が開いており、そこからわずかな自然光をとりこんでいるため、手もとは薄暗く、座面より下は闇に包まれている。そして卓上に並ぶものは何もない。代わりに彼らの隣には肌を露出した女性たちが寄り添い座っていた。ここには種々色々な女性がいる。それはもう、海を凝縮したように瑞々しいものから、干からびて今にも勝手に成仏しそうなものまで……。肌の色も言語も違う、そんな彼女らが切り盛りするここは、明日も希望もない保留者たちの憩いの場となっていた。


 憩いの場……しかしサクマは頭を抱え、とても安らいでいるようには見えない。興味本位でダイチの姉を探しはじめたは良いものの、歩けども歩けども手掛かりすらつかめず、もはやこれまでと万策つきた上でこの店にやってきたのだ。自棄になって女を漁りにきた客と何ら変わりはなかった。しかも高校生を同伴し……。


「まだまだ大丈夫ですよ。全然疲れてないです」


 元気があり余る様子で目を輝かせているのはダイチだった。右手に畑を、左手に富を、とばかりにふくよかな温もりを侍らせている。一時は連休明けのモチベーションほどに暴落していた二人の仲だったが、今はうそみたいに、まるで金曜日の午後のように明るく持ち直していた。ここが現世であればタクシーもすぐにつかまるし、渋滞で進まなくてもいらいらしない状況である。


 時折、きゃははは――――と、意気消沈なサクマを置いて下品な笑い声をあげる女性が四人。ダイチの両となりにいる女性らは彼の太ももに手を置き、撫でるように可愛がりながら何やら得意のジョークをお見舞いしているらしいが、日本語ではないため何と言っているかがわからなかった。


「疲れなくなりましたか。ダイチさんも随分ルートに慣れたものですね」


 そのときサクマの右隣に座っていた女性――黒髪コーンロウの黒人――が席を立ち、そそくさと店の奥へと引っ込んでいった。サクマは少しも名残を惜しむ様子を見せず脚を組みかえる。空白を埋めるように、別の女性が入れかわりで席についた。ボブカットにした髪の毛先を白く染めた黄色人種である。先ほどの黒人女性と違い、この薄明かりのなかでも目鼻立ちを認識することができた。


「日本人が来たって聞いて、めずらしい~って思って出てきたら……。機関の人じゃん。喜んで損した。てか、機関にも日本人いたんだ。それはそれでめずらしいね。あ、アカリで~す」


 急に現れ、急に話し始め、どさくさ紛れにアカリと名乗る。ダイチが異文化のなかで見つけた日本語に居心地の良さを見出す前に、彼女の勢いと、とっさに出た「めずらしい」という単語に表情筋がとまった。ダイチの様子にアカリも気が付いたらしい。


「……なにその顔。ほら、ウチらって基本的におとなしい人種じゃん? だから日本人のくせに機関で働くほどの罪って、何やったんだろうってフツーは気になるじゃん。ねえ?」

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