35 ~こんなとき、スマホがあれば~

「着きましたよ」


 二人の眼前にそびえ立つ壁は、どの店よりも白く、そして天高く昇っているものだった。機関を包囲する壁に似ているが、長さはそれほどでもない……。サヤカは白く高く建ち構える箱を見て、学校の近所に建つ教会を連想した。


 ――――ハアトは小刻みにノックを四回。


「……やはり留守ですね。それに返事もない。シズエさんも不在でしょうか」


 雲のなかにいるような状況。ハアトは背筋を張り、天に向けて大きく腕を伸ばした。疲れしらずにも関わらず、彼らはこうして人間味を帯びた仕草を度々行なう。


「こんなところでお姉さんは何をするつもりなんですか?」


 サヤカが気を失う前、最後に見た光景は褐色に染まった店内だった。それが目を覚ませば、まだ寝ているかのような情景に包まれ、仕舞には窓一つない壁の前に立っている。しかもここにシズエが来ていた――もしくは居るかもしれない。サヤカの脳内はショート寸前だった。


「何かをするのはシズエさんでなく、ここの主ですよ。ここはとある案内係の根城なのです。もっとも、その主は今ダイチさんに首ったけのようですがね」


 ――――そのときだった。


 重苦しい扉についている握りだまが、カラカラと空回る乾いた音を鳴らせたかと思えば、地面を擦るような音と共にゆっくりとその身を開いた。中から顔を見せたのは――――。


「うわっびっくりした――――あれ、ハアトじゃん。何やってんのこんなところで」


 驚いた後、すぐに笑顔に戻るシズエだった。


「お疲れ様です、シズエさん。なんだかお久しぶりですね」


「え、そう? んん、そういえばそうかも。あんたがいなくて暇だったわ」


 暇と言われ、ハアトの顔が幾らか強ばる。そういえば彼女好みのニュースを仕入れ忘れていた。そんな顔だ。


「とりあえず入ったら? サクマはいないけど……私も待ってるところだから」


 シズエは体を引き、長身の男を招き入れるために扉を解放する。後ろについてまわるサヤカの存在には気がついていないらしく、あわや締め出してしまうところだった。


「ごめんなさい、見えてなくて。大丈夫ですか?」


 沓摺りにつまずき今にもこけてしまいそうなサヤカの手を取ったシズエ。その目が幼いサヤカを捉えた途端、瞳のなかにやるせない色が混じった。


 一方、すべり込みで入室を果たしたサヤカ。こうしてシズエと出会いたくて探していたはずだが、いざ対面すると、気恥ずかしさとも悲しみとも取れる感情が胸にこみ上げる。


 ここは死後の国。未来の無い終わった果ての出会いなど、互いに求めているものではなかった。

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