28 ~ここは地獄~

「あの……もう大丈夫です。降ろしてください」


 門から少し離れたとき、ハアトの腕のなかで縮こまっているサヤカは背中を固くしながら申し出た。


「もう歩けますか?」


 恐る恐る地に足をつけた彼女の耳に機関内とは違う町の音がこだまする。ハアトの声は聞こえていない……いや、意識に届いていないようだ。ふと、町並みを見渡していた視線がハアトを素通りし、遥か後方に向けられた。


「さっきの人たちはどうして追いかけてこないんですか?」


 ルートの空気は朝靄のようで。後方に佇む影は閉じた門。二人とさほど離れていないにも関わらず、どこか遠い対岸の世界を思わせる。


「彼らは役割を全うしているのですよ。立派ですよね。門が開いていても外に出られないなんて……ほんとうに御立派」


 ハアトは懐中時計を開き、何かを探るように凝視している。


「ここにいる人たちは仲間じゃないんですか?」


 開いたばかりの時計を閉じ、懐にしまいながらも崩れない彼の表情。かわりに目はぎこちなく泳ぎ、口は半開きのまま下唇がゆっくりと震えていた。


「どう説明すれば良いか……ここで娯楽を提供している人たちは皆、生前に過ちを犯した者たちなのです。だから罰として働いていると……そういうわけです」


 正確には保留者もこの国に存在するのだが、ハアトがその事情を説明することはなかった。


「……ここは地獄?」


「いえいえ、違いますよ。よくご覧ください。誰もが生き生きとしているでしょ。こんなにも楽しそうな地獄はありませんよ」


 突拍子もない疑問に、ハアトは両手をふり慌てた様子で否定する。続けざまに町の様子を紹介しているが、サヤカの目には無彩色の町としか映らないようだった。


「でもやっぱりここは日本じゃないんですね。あんな空は見たことがないし、それに、何も感じないんです。なんていうか……さびしくて退屈な感覚です」


「それは体がこの国に馴染んできたのです。ここではお腹は空きませんし、眠気もこない。もちろん尿意も止まります」


 サヤカはお腹をさすり、もう一度ぐるりとルートの様子を見渡した。地面に座って談笑をしている人、たったいま白い壁の開口を越えてきた怪訝な顔をした人。そしてすれ違う、黒づくめの集団と連れられる人々。


「やっぱり地獄ですね……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る