22 ~あなたのお家はどこですか~

 ここはルート。そして機関の外である。この国に屯しているのは業務に勤しむ機関と判決を待つ保留者、懲役を科され互いに娯楽を提供しあう服役者のみだった。この地に現世の人間であるダイチが足をつけるまでは。


 彼は死んだ姉の影を追っていた。機関でエイジアと相対していた女性の姿は、彼の記憶にある姉シズエのものだった。門の内側にサヤカを置いてきたことに不安を抱えながらも、突如背をむけたシズエを追いかけずにはいられなかった。


 しかしどうやら道に迷って、というより行き先が決まらないようだ。無理もない。突如ルートに居たと思えば、アイビイそしてエイジアとの遭遇……何から何まで昨日との差が大きく、半ば無意識に、視野の狭いまま足の赴くままに門の外に出てしまった。つまり端から計画性なんてなかったのだから。


 ひとつだけ彼の心の温度を上げることがあった。それはルートの街並みである。一応それぞれの領域たる区画は形成されているがどれも不揃いなもので、壁の無いもの、屋根の無いもの、心音のように波打つ形をした壁のもの。一様に同色でいびつな軒並みが、彼の記憶をノックした際呼びさました景色は、公園の砂場であごから滴る汗も気にせずスコップ片手に遊ぶ自分と、退屈そうにそれでも幼い彼から目を離さないように見守る姉の姿だった。


 所々玄関扉がついている比較的立派な壁があるものの、ほとんどは口を開けたまま鎮座しているため、ダイチは注意深く中を覗きながらシズエを探していく。


 そうして成果を得られないまましばらく歩いていたところで、正面から歩いてきた男に声をかけられた。彼もまた、アイビイと同じくブラックスーツにその身を固めた機関の者だった。


「こんにちは。なにかお困りのようですね」


 不意に声をかけられることもダイチにとって三度目の出来事。


「……人を探しているんです」


 男は虚をつかれた表情を見せ、途端に納得したように頷いた。


「ほお、どうりであなたは他の保留者と違うと思いました。皆一様に生気の抜けた顔で過ごしているにも関わらず、あなただけは目的を持って歩いていました」


 いまだ謎に包まれている男は「それに」とつけたしこうも言った。


「あなたは日本人ですね。実は私も出身が日本です。気になって声をかけるのも当然と言えましょう」


 ダイチは今になって気がついた。よく見ると男の顔つきは、これまでにすれ違ってきた様々な顔つきと違い、明らかに自分寄りだということに。


「確かに日本人が少ないです。気がつきませんでした。というより気にしてませんでした……。ここは死後の国だって聞かされてたから……」


 アイビイほどの若々しさを携えながら、物腰やわらかな雰囲気を漂わせている男に少しだけ警戒心をほぐされ、ダイチは続けて尋ねた。


「だったら、日本人の女の人を知りませんか? 僕の姉なんですけど」


 腕を組み、いつの間にか白みがかった天に目をくれ、男はしばらく考えているようだったが……。


「残念ながら存じ上げません。そもそも私の担当には日本人がいませんでした」


 求めていた答えを得られず顔を伏せかけたダイチの目が男の手をとらえた。正確には、男の手に握られている懐中時計にだ。


「それ。それがあれば見つけられるんじゃないですか? アイビイは僕たちのことをそれで探ってました」


 ダイチは時計に指先を向け、アイビイにされた事のあらすじを伝えた。そして、時計があればどこかにいる姉の姿も見つけられるはずだと。


 時計を持つ男は呆気にとられた後、手で顔をおさえ肩を震わせている。明らかに口角は上がり、指のすき間から笑い声が漏れていた。


「それはアイビイだから出来たんですよ。それに、国中を見渡すなんてそんなことが出来たら神様にだってなれます。さすがのアイビイもそこまで視界は広くありません」


 ひとしきり笑い終えた後、男はようやく腰を曲げて自己紹介をした。


「申し遅れましたが私は案内係のサクマです。面白そうですので、あなたの姉探しに協力します」

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