19 ~儚げなアジアンランデヴー~

「大げさな別れ方でしたね」


 一度も振り向かないテツヤの背中を見送った二人。エイジアはルートへの帰還時刻を気にしながら、芝居がかったハアトの別れに茶々を入れる。


「彼には本当にお世話になりました。無事に帰ればいいのですが」


 現在テツヤは、エイジアの時計によりここ数日分の記憶を丸々放棄し、ハアトと出会う直前の状態へ自らの足で向かっている。不憫なことだが彼にとっては旅程に穴が空き、意識を戻した際には状況を理解できず苦しむことになるだろう。しかし、こうでもしなければならないと機関――アイビイとエイジア――は判断した。テツヤはあまりにもハアトと親しくなりすぎた。彼の人生にハアトとの思い出を残してはならないため、苦渋の決断によりエイジアが派遣された。


「あなたは以前からそうですよね。ルートでも服役者と親し気にしていますし、最近は保留者とも交流があるとか。軽率なんじゃないですかね」


 エイジアの責めるような口調。賑わいを増す人波のなかにいても、凛としてハアトの耳に吸い込まれていく。


「コミュニケーションは大事ですよ。立場は違えど、みな人間ですから」


 まもなく帰還時刻を迎えようとしている夜の街。音の鳴らない文字盤を追いかけるエイジアの目は、ルートに帰れば不要になる秒針を追っている。隣のハアトは「あ、そうだ」と右手を握り、左手の平に打ちつける。


「こんな言葉をご存じですか? 天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。そんな文章が過去の書物に書き記してあったようです。詳しくは知りませんが、これは身分平等を謳っているようですよ」


 ハアトは、怪訝な顔で時計にくぎ付けのエイジアに対して爽やかな笑顔を見せて言った。


「我々、天のもとに仕える身としては弁えるべき言葉だと思いますね」


 彼が右手を胸に添える。その仕草はいったい誰の真似か。


「べつに私は差別をしているわけじゃないです。ただ、一線を引くべきだとは思っています。それに、身分を言い出したら、下劣で汚いのは我々ですから……」


 生きた証を掲げるように精一杯に夜を楽しむ若者の声が、お通夜帰りのように暗い二人の傍らを通り過ぎる。彼らだけではない。この街は二人のことなど初めからいないかのように、時間を刻み、色とりどりの華を咲かせている。


「お二人さん、飲み屋どおっすか? 今ならすぐ案内できますよお」


 置いてけぼりをくらったように暮れていた二人に、ようやく声をかけた人がいたかと思えば、俗にいう客引きの若者だった。まだまだ見捨てられたものじゃないとでもいうように二人は肩をすくめ笑った。


「いえいえ、我々はこれから帰るところでした。次回お邪魔しますよ」


「もう帰っちゃうんですか? 三十分だけでもどうです? 安くしますよ」


 ハアトはちらっとエイジアを振りかえる。その動きに合わせエイジアはハアトの腕をつかんだ。そして彼女の時計が光を放つ。


「すみません。時間です」


 まばたきをするように、蛍光灯が明滅するように、一瞬で二人の世界は切り替わった。ここは死後の国ルート。片方は調査失敗。片方はイレギュラー対応済として帰還した。


「消えるとこ、見られちゃいましたね」


「大したことありません。さっきの人が誰に言ったところで、どうせ夢見事だと思われるだけです」

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