18 ~神のご加護がありますように~

「いやぁ美味しかったですね」


 三人で店を出て、いまだ賑わいを保つ――むしろ活気は増すばかりの――街並みを徘徊している。ほくほくした体温をぶら下げたハアトは、酔わずとも足どりがおぼつかないほど上機嫌だった。周囲を見渡し「ここはなんとなくルートに似ている」なんて独り言をこぼす。


「結局エイジアさんが一番食べてましたよね。気にいってもらえて良かったです」


 軒を連ねる光の集合体は夜空が霞むほどまばゆく主張をしている。三人の頭上には大きなフグが泳いでおり、ここは暗い海の底のようだ。だれも近づけない場所でひっそりとしかし派手に悪の華が咲いている。そういうところがルートに似ていた。


「ここは良いところですね。私の出身も汚い町でしたが、こんな風に笑い声が轟くことはありませんでした……。ところであれはなんですか?」


 エイジアが好奇心を携えた目を天に向け指をさした先には、辺り一帯へ睨みをきかせるように鎮座する大きな塔があった。今もミミズが這うように、下品な光をその身に走らせている。


「大阪の観光名所の一つですよ。あれを観るのも旅の目的です」


 観光名所という俗物じみた単語を耳にした途端、彼女の目から急速に光が失われてしまった。


「なんだ、ただのおもちゃですか……」


 人工の灯りが陰影を濃くする時間帯。エイジアの表情が曇ったことに二人は気づいた。エイジアの方も、いつまでも視線を離さない二人の意図に気づき、話を続けた。


「私とハアトの国には、そらから神様が見ているという伝説があります。もしかしたらこの町にも同じく神様がいるのかと思いました」


 ハアトは、エイジアがどんな機密事項を口にしようと止めることはなかった。もう止める必要がなかったのだ。


「噂話程度ですが、神様は「神の視点」なる万物を見渡すことができる眼を持っているようです。どんな代物か不明ですが、私はそれをこの目で見たい、あわよくば手に入れたいのです」


 彼女はひと通り話した最後に「もちろん、こんな町にいるはずもありませんが」と加え、天高くそびえる下品な塔を見上げながら額の汗をぬぐっていた。


「神様は必ずいますよ。僕は信じてます」


 エイジアの隣で、誰に言うでもない声量でテツヤは言った。


「エイジア……そろそろいかがでしょう?」


 ハアトの合図にエイジアは一度だけゆっくりと頷き、彼女は胸もとから懐中時計を取り出した。数人しかいない入国案内係。その中にはどんな時計を持っているか今だ知られていない人もいる。対して彼女の時計は機関内でも有名だった。門番として数々の実績をつんでいるからだ。


「テツヤさん」


 エイジアの時計を確認したハアトは、テツヤに別れの言葉を告げる。


「あなたのおかげで絶望的だった出張が楽しい旅行に変わりました。この出会いに心から感謝します。そしてあなたの今後の人生が、どうか健やかなものであることを願っています」


 テツヤは、急造とはいえパートナー的存在だったハアトの急な変わりように驚いている様子。


「え、どうしたんですか急に。神父さんみたい――――わっ」


 話を最後まで聞くことも我慢できず、ハアトは思い切りテツヤを抱きしめた。


 同時にエイジアの手もとで懐中時計が光を帯びた。


「信じるあなたに、神のご加護を」

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