17 ~ソースの二度漬けは極刑~

「さっきからなんの話をしてるんですか? さっぱりわかりませんよ」


 ハアト、エイジア、ハアト……そしてまたエイジアと忙しなく首を振るテツヤは、二人の会話に追いつこうと早口でまくしたてた。しかし二人はどちらも答えない。テツヤを無視し、閉口したまま睨み合っている。


 次第にハアトが目を伏せ始めた。おもむろに、鼻から出るため息を添えて。


「とりあえず喧嘩はやめましょ」


 意外にもいち早く心の体勢を持ち直したのはテツヤだった。今のいままで弦のように張りつめた視線を交えていた二人は、ふと気が緩み、周囲の喧噪が耳もとを通過する。雑多な感情が入り混じる街の真ん中、ある種乱暴めいた口調の応酬が繰り広げられる居酒屋の空気が戻ってきた。


「これ、良かったら食べてください。僕は別のものを頼みますから」


 そう言いながらテツヤはエイジアに取り皿を渡し、その上に数本の串カツを寝かせていった。その光景を見たハアトは何かを言いたげに肩を揺らしている。残念ながらハアトの挙動に気が利くほどテツヤの視界は広くなかった。


「いりません。あなたと慣れあうつもりもありません」


 すかさず目の前の皿はテツヤのもとへと返された。


「いやいや、ウーロン茶まで頼んでおいて「食べません」はないでしょ。美味しいですよ、大阪の串カツ。よそ者同士仲良くしましょうよ」


 負けじと串カツを運ぶ皿が再びエイジアの前に降り立つ。


「いい加減に――――」

「テツヤさんはこちらの方ではありませんでしたか。知りませんでした。ご出身はどちらで?」


 たまらずハアトが会話に割り込む。首筋に汗を携え、両手の指は生き物のようにうねっていた。分かりやすいフォローの仕方に、エイジアも気を削がれテーブルに肘をついて話を聞き始めた。


「旅行でこっちに来たんですよ。普段は北海道に住んでるんです」


「ホッカイドウ、なにやら覚えがありますね」


 ハアトは日本が好きだと言うわりには土地勘が無いようで、手帳を開きながら「北海道」の項目を探し、行ったことがあるかを確認している。ちなみにどこまでページを遡っても行ったことがないのだから書いてあるはずもなかった。


「記憶があるとすれば手帳じゃなくて耳ですよ。……アイツの出身地ですからね」


 世話のかかる幼馴染を思い出すような顔でエイジアが答えた。


「忌々しい……北海道の人は全員こうなんでしょうか」


 脳裏にアイツとやらの顔が浮かんだのか、眉間にしわを寄せながら紅ショウガの串を取り、ソースもつけずに頬張りだした。彼女には少し辛かったようで、急いでウーロン茶を飲んでいる。そして八つ当たりをするようにグラスを置いた。


「急にどうしたんですか?」


 結局食べ物にありついているエイジアだったが、急に嫌悪の矛先が切り替わった彼女のことがテツヤは気になったようで、こっそりハアトに尋ねた。


「ちょっと、ウマの合わない同僚がいまして……」


 ハアトの声をエイジアはしっかりと聞き取った。


「だいたい今回のイレギュラーもアイツが来れば良かったんじゃないですか? どうせ暇してるんでしょ。私なんかついさっきまで門の前で――――」

「おっとっと、そこまでにしてください」


 要らぬ情報まで喋りだしそうだったエイジアの口を、慌ててハアトが押さえた。エイジアも冷静になったのか、いかり始めていた肩を元の角度まで落とす。


「私としたことが失礼しました。では、仕事の話に戻りましょう。イレギュラー対応はこの食事が終わってからにします。いいですね?」


 エイジアは牛バラの串をかじりながら言った。どうやら気に入ったらしい。残りの二人は笑いながら彼女に同意した。このあと、ハアトとは今生の別れになることをテツヤは知らない。

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