15 ~忙しいエイジア。がんばれエイジア。~
機関のおよそ中央に位置する場所で、サヤカは目を覚ました。
正確には、先ほどまで目は開いていたが、たった今意識を取り戻した。といったところだ。日本での日常を中断し、奇妙な日曜日を迎えたこの場所で、質素な椅子に腰かけたまま黒目を四方に巡らせている。やがて視線だけにとどまらず、首そして腰をひねり周囲を見渡していた。
ほんの一瞬の間に、先ほどまで同じテーブルを囲んでいたダイチがいなくなったことに恐怖と不安を覚えた。
「おかえりなさいませ」
背後から向けられた聞き覚えのある声。サヤカは肩をいからせ、驚きのあまり椅子を倒しながら立上り振りかえる。向けた顔の先にはアイビイが何の表情も浮かべずに立っていた。
「おかえり……ってなに。ダイチはいつのまに、どこに行ったんですか?」
「エイジアから話を聞いていますので、どうぞお掛けください」
アイビイはそう言いながらサヤカが倒した椅子を起こし、ウェイターさながらにそっと背もたれを引いた。左手で招きいれる仕草が、しがらみなく流れる水とも、氷紋一つ無い冷たさとも取れる上品さを醸し出していた。
「……時間はたっぷりありますから。少しお話でもしましょうか。どのみち恋人がいない間に帰るつもりはないのでしょう?」
サヤカは恋人という単語に背筋をなぞられる感覚に陥った。すぐに否定するも、実際のところ二人の関係に興味のないアイビイの態度に、肩透かしをくらっている気分だった。
「ダイチを待ちたいと思います」
とはいえ、ダイチが恋人であろうとなかろうと、一人で元の世界へ帰るつもりは毛頭なかった。
「ダイチはどうしたんですか? さっきまで一緒にいたのに、気がついたらいませんでした」
動揺のままに周囲に気を張っていた先ほどと違い、今度はしっかりと目を定めてダイチを探すサヤカ。しかし、どこまで遠くを見渡しても、黒づくめの人たちが折り重なっているだけで、色のついた人物は見当たらなかった。
「あなたたちは先ほど機関の門の前にいたんですよ。そこに、私と同じく案内係であるエイジアが現れ、彼女に門番としての役割を果たしてもらった……というわけです。そのときの記憶が抜け落ちているのはエイジアの仕業でしょう」
サヤカにとって、にわかには信じがたい話だったが、この国の存在そしてそこにいること自体が非現実的であることも同時に思い出し、理解できずとも話に耳を傾けることに集中した。
「そして、相方の……ダイチさんですか。彼はあなたにここで待つように言い、単身門外へと向かいました。どうして外へ出してしまったのか、それはエイジアも教えてくれませんでしたがね」
ひと通り話を続けたアイビイはひと呼吸置き、眼鏡を拭き始めた。
「まあ、エイジアが見逃すということは、余程のことがあったのか……はたまた気まぐれか」
最後に付け足した言葉は、サヤカに向けてというより、どこか遠い故郷を思い出しながら独り言をこぼすようだった。
「ダイチさんについては以上です。門の外でのことはまだ見ていませんので分かりません。あなたたちを日本へ帰すための申請も保留にしています」
一旦話を終えたアイビイは時計を取り出し、文字盤の針を操りながらそこに映る光景を見つめていた。
「代わりに、別の目的で現世へ使いを出しました」
・・・・・・
「いらっしゃいませ――――一名様?」
「いえ、私と同じく黒いスーツを着た男性ともう一人私服の男性が先に来ていると思います」
サヤカとアイビイがテーブルを囲んでいたちょうどその頃、ここは日本の大阪府。イレギュラー対応のため特例で現世にやってきたエイジアがいた。
イレギュラーというのはもちろんハアト、そして同行している男性のことだった。
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