14 ~なにもこんな日に外に出なくても~

「お疲れ様でした」


 シズエの背中を見送り終えたエイジアは、門番に迎えられながらため息をついていた。彼女の――正確には彼女の時計の――その力は門前払いにうってつけだということで、機関の外郭をなわばりに当てがっているのだが……。元来、鬼になりきれない心を持つエイジアには心身ともに負担の大きな役割だった。できることなら保留者にはいち早く成仏をしてもらいたい。昔のように直接審査を下すことができるならしてあげたい。機関長に尊敬の念を抱きつつも、多少の不満があるのは彼女も同じだった。


「さっきの人に何をしたんですか?」


 いまだ取り押さえられているダイチとサヤカ。


 二人は、とくにダイチは今しがた再会した姉との早すぎる二度目の別れに、悔しさと憤りを隠せないようだ。


「……もう離していいですよ」


 エイジアは汗をぬぐいながら、二人を解放するように指示を出す。閉ざされた空間で自由を得た二人にとくに怪我はない様子。ここは死後の国、当然だった。


「あの女性には速やかにお引き取り願いました」


 エイジアはひと仕事を終え、近くにいた門番に椅子を持ってこさせ、脚を投げ出して沈み込んでしまった。ぼーっと見つめる天の色は変わらず境界を曖昧にしている。彼女は天高くそびえ、果ての見えない門壁に目を向けながら、その昔聞いた噂話を思い出していた。胸もとに忍ばせる懐中時計のルーツ。そして、機関の遥か頭上にあるものの正体。


 機関の中で見上げる天の輪郭は、いつも丸かった。


「あの……」


 くたびれた自分を隠そうともしないエイジアは、おもむろに目線をダイチに向け、視線のみで返事をする。


「僕、門の外にいきます。さっきの人を探しに行きます」


 口を閉じることのない門。その向こうには私服の人が散見される。ダイチたちはまだまだこの国のことを把握できていないが、エイジアたちに力があることは認めるしかなかった。


「好きにしてください」


 意外にもエイジアの第一声は傍観的だった。


「サヤカは……」


 続けて何かを言おうとするダイチの表情は、なにか苦いものを噛みつぶしているようだ。


「ここで待っていてくれないかな? 嫌かもしれないけど、もし俺が戻らなければ、サヤカだけでも先に日本へ帰ってほしい」


 さすがのサヤカも狼狽していた。昔から変わらない「いやだ」と言ってきかないところは、ダイチの記憶にもまだ新しい。二人で一緒に居たがる気持ちはわからなくもないが、仲良く揉めている今の二人に周囲には訝し気な視線を送る人が現れはじめた。


 冷たい視線の理由は言わずもがな、先ほどシズエが襲来したばかり。普段は凪のように静かな機関内で、そう何度も揉め事を起こされては面倒だからだ。そんな事情を他所に押し問答を続ける二人。


 しびれを切らしたのか、終始静観していたエイジアは時計を開き発光させた。


 ――――途端。サヤカは糸が切れたマリオネットさながらに全ての活動を停止させ、それ以上何も言わずに踵を返し歩き始めてしまった。


「……サヤカ?」


 ダイチはすぐに気づいた。シズエと同じ状態だと。エイジアに詰め寄り、恐々としながらも強く問い詰めた。


「サヤカに何をしたんですか?」


「元の場所に帰ってもらいました。彼女の身は保証しますけど、あなたは外へ行くのでしょう? もう止めませんよ」


 エイジアは「彼女の心配は無用です。私ももう疲れました」とだけ付け足し、瞼を閉じてしまった。いくらエイジアが保証、心配無用と言ったところで、素直に信用できるはずがないダイチは、どうにもできない悔しさとやるせない気持ちを抱えたまま、しばらくの逡巡の後、歯を食いしばり門の外へと足をふみだした。


 先行きの不透明なダイチを、白濁した世界が迎え入れた。


「――――姉弟か……」


 門の内では、エイジアの独り言がどこへ行くこともなく、その場に留まり続けていた。

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