13 ~門前払い。働くエイジア~

「――――話をするだけでもいいじゃないですか」


 普段は我が道を行くがごとく周囲の状況を気にしない機関の人たちが、この時ばかりは餌にむらがる蟻のように集まっていた。もっとも、ブラックスーツに身を包み、隊列を組まずに集まる様子はカラスといった方が的確である。そしてその餌というのは、騒ぎの中心で機関の人たちと揉めているシズエだった。


 成仏通知の遅れに文句を言いに来たシズエは、策もなく正面から堂々突破しようとしたところを、案の定機関の人たちに抑えられてしまった。機関から出るのは懲役もしくは保留となった際の一度きり、入ることができるのは転生のときのみなのだ。


「どうしましたか?」


 取り囲んでいたカラスの群れが、翼を広げるように口を開けた。先ほどまでダイチたちの相手をしていたエイジアが騒ぎを知り駆けつけたのだ。


「……保留者ですか。私は案内係のエイジアです。こんなところまで来てどうされましたか?」


 エイジアは懐中時計を掲げながら手早く自己紹介を済ませた。


「案内係、それにその時計……ハアトと同じですよね? 成仏通知がいつまで経っても届かないから直接審査をしてもらいにやって来ました」


 エイジアがシズエが対峙したとき、彼女に対して「お疲れ様です」と声をかけながら何食わぬ顔で門を通り過ぎる者たちがいた。


「あの人たちはなんですか? 機関に入っていきますけど」


 門を通過する人たちの耳に届くほどの大声でシズエが叫ぶが、無情にもなんの反応もなく機関の中へと消えていった。


「彼らは判決が下った者たちです。あなたがこうして我々の手を煩わせている間も、機関長は粛々と審査を続けています」


 エイジアが来たことにより先ほどまでの喧噪は鳴りを潜めていた。同時に周囲の人たちへ「もういい」と合図を送り、カラスたちは蜘蛛の子を散らすように通常業務へと戻っていく。シズエは肩透かしを食らったような現状と、エイジアの中学生をたしなめるような声色に、さすがに頬を赤らめるしかなかった。


「あなたのような人はよくいるんですよ。ここに来たところで何も解決はしません。どうかお引きとりください」


 エイジアは胸もとからもう一度懐中時計を取り出す。名を明かしたときとは違い、今は彼女の手の上で文字盤が露見していた。


「――――お姉ちゃん」


 そのとき、エイジアの背後で声をあげる人物がいた。ダイチだった。


 ダイチは門の内側で機関の者に羽交い絞めにされて尚シズエから目を離さずにいた。サヤカは、少し離れたところで取り押さえられている。


「…………え、ダイチ?」


 シズエは声の主が弟のダイチであることに、すぐには気がつかなかった。シズエの記憶にある小さな男の子が、自分よりも背の高い今のダイチに重ならなかったからだ。


「こちら側には来ない方がいいですよ、お互いに面倒なことになりそうですので。それにしても姉弟ですか……。偶然にしては出来すぎていますね」


 門の外に出ようとするダイチを口頭で制したまま、一瞬だけ仏のような笑顔を見せたエイジアの手のひらで時計が光を放つ。


「あなた自身の口から『無駄だった』と、他の保留者の方々へお伝えいただけないことが残念です」


 エイジアの最後の言葉は、すでに門に背を向けているシズエには届いていない。


 シズエは、目的である機関そして偶然再会した弟への関心など一切を捨て、ここまでの道のりを引き返し始めた。

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