11 ~天と黒のサブリミナル~

 機関に自由を担保されたまま軟禁されているダイチとサヤカは、いまだ現実離れした現実に気持ちが付いていかない状態だった。


「あの人の言ってたこと、ほんとうかな?」


 二人がいる空間。壁も屋根もないこの場所で、縛り付けるものは何もない。にも関わらず逃亡しようとしないのは、先ほどの男――アイビイ――に恐怖を抱いていること、そして広々とした空間のため軟禁されている実感がないからだ。もっとも、逃亡するとして、行くあてがないのも事実だった。


 二人が使っているテーブルに、資料を持ち寄り作業に没頭する人や、何をするでもなく一息つきにくる人がいるが、皆構わぬそぶりと面持ちである。


「どれも嘘っぽいけど、ここが日本じゃないってのは間違いなさそうだよね。実は私たち……死んでたりして」


 サヤカの冗談めいたひと言に、今のダイチはうまく笑うことができない。


「あんな時計拾うんじゃなかった……」


 ダイチは遅すぎた後悔を漏らしながら、知らぬ間に暖かみのある色へと移っていたそらを仰ぐ。彼の目に映る天色は、ちょうど夕日が入り混じった北側の窓を思わせる曇り方をしていた。


「この人たちとアイビイは、なにか違いがあるのかな? あの人は自分の部屋を持ってるようだけど、偉い人なのかな」


 サヤカは同じテーブルを使っている人たちに目を向けながら、小声でダイチに話しかける。


「敬称が不要ってのもよくわからないよな」


「さん付けで呼ばなくてもいいってことだよ」


「いやそうじゃなくて……それくらいわかるわ」


 天の色同様に、ダイチの目にも火が灯っていた。進むべき道が見えた男の目だった。


「俺たちって、客扱いなのかな? だとすれば、ちょっとくらい歩きまわっても何も無いんじゃね? 現に、だれも俺たちに構おうとしないじゃん」


 構おうとしないのか、監視されているのかはさておき、ダイチは現状を打開しようとしていた。


「やめておいた方がいいんじゃない? アイビイも言ってたけど、ここにいれば帰れるって話だし……」


 一方のサヤカは消極的だ。幼いころからダイチの無茶に付き合い、苦労したこともしばしば。


「――――でもまあ、ちょっとくらいなら、大丈夫かな……」


 しかし同時に、この国を見てまわりたいという欲求も捨てきれていなかった。


 二人は目で合図をかわし、自然に、あたかも当初の予定通りかのように席をたった。何も語らず、機関の人間と目も合わせずにテーブルセットをあとにする。


「な? なにも言われなかったろ? 超自然だったもん、俺たちの動き。そりゃ皆も二人はちょっとトイレかな? くらいの感覚しかないって」


 この国においてそもそもが不自然な存在であるダイチは、興奮したように早口でまくしたてる。


 二人は出口がどこかもわからぬまま、とりあえず気の向くままに歩いていく。


「でもしばらくしたら帰ってこなきゃだめだよ。アイビイに帰してもらわないと困るんだから」


 ダイチは「わかったわかった」なんて軽口を叩きながら、ルートに来たばかりの怯えた様子は微塵も残っていなかった。


 二人は歩きながら、機関の様子に目移りをくりかえしていた。この奇妙な夢を見るような光景は、残念ながら現実であり、アイビイの説明通りここは死後の世界なのだ。所々に真新しいコンクリートのような物体――アイビイの執務室のように区画されている。おそらくこの国でいう壁――は見かけるが、歩けども歩けども変わらぬ色合い――天の色と黒づくめ――に辟易したころ、二人の眼前に白くて大きな物体が現れた。


「なにこれ、周りこみ……たいけどどこまで続いてるの? 壁?」


 ここに至る道中、目線を遮る程度の壁は何度も見かけた。しかし、これほど大きな壁が立ちふさがったことは現実世界においても記憶になく、世界の末端まで来てしまったのだと二人は思った。


 一方的に歩いてきたつもりだが、ここまで来ても面白いことがなかったことに、ダイチは内心がっかりしていた。――――そのとき。


「保留となった方々ですか?」


 背後から不意に声をかけられ、二人は――特にサヤカは呼吸が止まるところだった。


「道がわからないのですか? 珍しいですね。門まで案内しましょうか?」


 二人の振りかえった先に、ブラックスーツに身を包んだ若い女性が立っていた。彼女の服装と今の状況によって、アイビイと相対したときの記憶が二人にのしかかる。


「そんなに怖がらないでください。入国案内係のエイジアです」

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