10 ~一方そのころ~

 二人の最後の居所を知ったアイビイは、文字盤越しに現世に目を凝らす。時間の概念がないこの国で、彼の文字盤が指し示すものは盤面に浮かび上がる現世の時間である。それはすなわち「どの時間に現世でなにが起こったか」を知ることができるものだった。


 ハアトがシズエに時刻を知らせたように、時計は目的地の現在時刻を示しているが、アイビイの時計は文字盤をさわり、過去を見ることが可能だった。この不思議な懐中時計の仕組みは謎のままだが、いわく神様の贈り物、いわく罪人の落とし物だという説もある。


「現在、日本は午後七時。二人は病院のベッドに横たわっています」


「――――えっ」


 二人は自分たちの状況と無慈悲に進んでいた時間に驚きを隠せなかった。彼らが墓地にいたのが正午前、ここに来てからおよそ七時間も経っていたのだ。ダイチはそんなに時間が経っているはずはないと、あまりにも自分の感覚と乖離があることを告げたが……。


「先ほどの説明では省略しましたが、この国で時間の進む感覚はあてになりません。何をどう言おうと、現在日本は午後七時です」


 そしてせき払いを一つ挟み、アイビイはこうも続けた。


「倒れているあなたたちを誰かが見つけ、そのまま病院に搬送されたようですね。大方、原因不明の失神に医師も頭をかかえていることでしょう。いい気味です」


 アイビイが二人の前に現れてから初めて嗤った。


「とにかく、先ほども申し上げましたが、これから二人を日本に帰すための手続きに移ります。どれほど掛かるか分かりませんが、その間あなたたちはここから出ないでください。話は以上です」


 アイビイは一方的に話を終え席を立つ。そのまま二人のもとを去ろうとする背中に、声をかけたのはダイチだった。


「僕たちは早く帰りたいです」


 日本での自分たちの状況知ったダイチは気が気じゃなかった。この国でのことはもちろん、他にも両親のことや、夜が明けたら来るはずの日常を心配しているのだ。


「――――それは我々も同じ気持ちです」


 振りかえることなく、先ほどから小言の多いアイビイが一層とげのある言い方をする。


「あなたたちには順当に寿命を終えてもらわないと」


 ただでさえ老衰が減っているというのに――――とこれまた嫌みったらしく小言をつけたし、現物調査の書類を作成するため、二人を置いて執務室へと引き上げていった。




・・・・・・




「ねえ、いつになったら成仏できるのかなぁ」


 時は同じく、ルートの娯楽を集めた文字通り「悪」の匂いがする場所で、シズエは愚痴を肴に無味無臭のドリンクを呷っていた。


「……行っちゃおうか。あそこ」


 彼女がふふっと笑みをこぼしながら指をさす先はルートの入り口であり、出口でもある場所――――そう、機関だった。


「やめとけ。以前にもそんな奴がいたけど、ろくなことにならんかったよ」


 ドリンクセラーにもたれたまま気だるい雰囲気を醸し出す店主は、シズエのこういった悪い癖を把握していた。このあずまやのように無骨ないで立ちの店は彼女の行きつけだったからだ。アルコール飲料は置かず、強炭酸のソフトドリンクばかりを置いている。


 そして、筋肉質な店主はシズエの好みのタイプに合致する男だった。彼女が通う理由はきっとそれだろう。


「役所みたいなものでしょ? 私みたいな善良な国民を雑に扱ったりしないって。よし決めた。一度文句を言いに行こう」


 次の暇つぶしを見つけたシズエは、味気なく二酸化炭素を吐き出しているドリンクを一気に飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る