9 ~こんなときでも機関長は多忙~

 ――――。


「なるほど。あなたたちの言うことをひとまず信用しましょう。どうして持ち主――ハアト――の手を離れてしまったのか、原因を探るのは我々の仕事です。あなたたちは気にしないように」


 たどたどしくもこれまでの経緯を二人から聞き終えたアイビイは、眼鏡を拭きもう一度かけ直す。身近な癖を反芻することで、彼なりに頭の中を整理しているようだ。


「で、持ち主は今頃どこでなにをしているんでしょうか」


 彼は懐から時計を取り出し、じっと文字盤を見つめている。すると先ほど同様、淡く光を発した文字盤が現在のハアトの姿を映し始めた。立ち位置の都合上、ダイチたちには見えていないが、そんなことはお構いなしにハアトの追跡を続けている。


 心なしか、アイビイの眉間にしわが、こめかみには青い筋が浮かび上がっているようだ。




・・・・・・




「たぁのしいですねえ」


 急勾配のレールの上、ハアトを乗せ大げさな音を轟かせながら猛スピードで駆け降りる車両が映っていた。おそらく――いや、間違いなくジェットコースターだった。


 職務を忘れ、雄たけびをあげるハアト。そして、隣には調査初日に時計を探す手伝いを名乗り出てくれた若者が座っていた。


 遊び終わったハアトはふらふらになりながら、蒸気した顔に満面の笑みを携えている。


「楽しんでもらえてよかったです」


「普段は一人で出張に来ていますので、こういうところで遊ぶ機会がないんですよ。テツヤさんには感謝ですね」


 時計を紛失したあの日以降、親切な若者――改めテツヤ――と意気投合したハアトは、大阪府での生活を満喫していた。初日はお好み焼きを自分で作ることに挑戦し、あくる日は港の近くにある水族館で魚介鑑賞。そして、今に至っては子どもから大人まで楽しめる遊園地で有象無象に紛れて遊んでいる。彼にとってはどれも普段得られない優雅な時間だった。


「ちょっと休憩がてら、チュロスを食べにいきましょうよ」


「いいですねえ。それがどんなものか知りませんがきっと美味しいんでしょうね。いやあ、たのし――――




・・・・・・




 ――――パチン。


「……」


 アイビイの時計を閉じる音が思いのほか大きく、通りかかった機関の人たちが訝し気な一瞥をくれていくが、皆関わり合いになりたくないのか、声をかけたり挙動に目立った変化のある者はいなかった。


「……持ち主のことはこちらで対処します。それと、あなたたちを現世に帰すため、再び現物調査の名目で申請をしておきます。その時が来るまで機関の外に出ないように。いいですね?」


 拒むことを許さない彼の言い方に、ダイチもサヤカも首を縦に動かすことしかできなかった。


「あの……質問してもいいですか?」


 ダイチの背後から恐る恐るといった様子で、小さく手をあげたサヤカ。先ほどダイチが質問を遮られていたのだ。ただでさえ突然の状況に困惑している、怖がるのも無理はない。


 アイビイはただ一度、片手の平を差し出した。


「私たちって今どういう状況なんですか? ここのこともわからないし、機関ってなんなんですか? それに、私たちお墓にいたのに、何がなんだかわからなくて……」


 アイビイは「説明しましょう」と言い、近くのテーブルセットへ二人を案内した。これらは機関の係員たちが書類の作成や休憩に使用しているものだが、機関の中に生きた人間が入りこむなんて状況は想定していないため、急遽こしらえたスペースだ。


 黒づくめの人たちに囲まれたダイチとサヤカはひどく居心地が悪そうだった。


「まず私に対して敬称は不要です。この国ではあなたたちは尊く、そして私たちは蔑まれる存在なのです」


 前置きに互いの関係性を述べたアイビイは、二人の疑問に答えをつづけた。


「この国の話ですが、ここは死後の世界、死者が最初に目を覚ます場所です。あなたたちのような存在が入国することはまず不可能ですし、本来こういったイレギュラーなケースは機関長に相談したいところです。しかし、機関長は多忙のため、私が対応することにしました」


 アイビイは二人が理解できているかどうかは気にもしない口調で、その後も一つずつ答えていった。ルートのこと、機関のこと、そして……。


「あなたたちの現世での状況はこれから確認します。最後にいた場所を教えてください」


 最後にこう加えて、アイビイは懐から先ほどと同じく自身の懐中時計を取り出した。

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