5 ~懐中時計と心のゆくえ~

「なに拾ったの?」


 得意げに獲物を見せびらかしている男子と、興味と義理が混じりあった質問を投げかける女子がいた。


「ふっふっふ。これこれ」


 男子の手には先ほど拾ったばかりの懐中時計が握られていた。


「なにこれ……あ、これって懐中時計じゃない?」


「かいちゅうどけい? なにそれ?」


「知らずに拾ったの? 昔の人が使ってた時計じゃん。うちのおじいちゃんが持ってたもん」


 使い方も知らない男子の手から無遠慮に取り上げた女子は、丁寧な手つきで時計を開こうとするも……。


「あれ、開かない。おかしいな、ここを押せば開くはずなんだけど」


 振れど叩けど一向に反応を示さない懐中時計。彼女もさすがに興味を失ったのか、拾い主の手に返してしまった。


「捨ててきなよ。それか交番に届けるとかさ」


「いやだね。これはもう俺のものだ」


 開くことができず使い物にならないとしても、よほどデザインが気に入ったのか、満足気な顔をした彼は制服のポケットの中に時計を忍ばせた。


「夏のテストが終わった俺への贈り物だよ。神様からのね」


 二人は午前中にテストを終え、早々に帰路についたところだった。


「それより今日はダイチの家で夕飯を食べる日だって母さんが言ってたよ。昼間からぶらぶらしてるけど、なにも手伝わなくていいの?」


 彼女が心配しているのは男子――改めダイチ――の家のことだ。二人は幼馴染で、互いの家で家族総出で食卓を囲むことが多かった。今日はダイチの家の夕飯に招かれている日だ。


「まあいいんじゃない。どうせ俺がいたって役に立たないし」


「私が気にするんだけどね。毎回用意してもらうのも、いい加減悪い気がしてきた」


「そんなのサヤカの家で食べるときも一緒じゃん。母さんたちが好きでやってんだから気にしない気にしない」


 納得できずとも意見を呑むしかない彼女――改めサヤカ――も、ダイチの言うとおりであることは重々理解していた。


「それに――――」


 ダイチは先ほどの様子と変わり、少し暗い顔色で、おもむろに言葉をつづけた。


「明日だから……たぶん大人同士で気楽に喋りたいと思うんだ」


 そういう時期だから、と。小さな声をあとにつけて。


「そっか、明日か。もう六年も経つんだね……」


 ダイチがまだ小学生だった頃、歳の離れた姉が交通事故で亡くなった。横断歩道を渡っている最中に乗用車に轢かれるというなんの予兆もない、理不尽な出来事だった。その件はすでに解決しているが、運転手が法のもとに裁きを受けても、姉が帰ってくることは二度とない。当時のダイチも大声を出して泣いていた。


 しばらくの時間が経ち、家族のかたちは多少なりとも落ち着きを取り戻しているように見えるが、夏のこの時期になると途端に様子がおかしくなる。無理もない、ダイチの母は若くして姉を産んだ。それだけに苦労を重ね、ようやく成人を迎えた矢先の事故だったのだから。常日頃、落ち着きはらって生活をしているが、やはり心に負担を抱えているに違いない。


「適当にぶらぶらして、夕方には帰るか」


「うん。ちょっと早めに帰ってお皿くらいは並べようよ。ダイチはお姉ちゃんの分まで親孝行しなきゃね」


 気兼ねなく心に入りこんでくるサヤカの笑顔がとてもまぶしくて、頬を染めたダイチは思わずそっぽを向く。「なんだよそれ」なんて言葉を、どこか遠くの空に向けて。

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