第23話 優しい吸血鬼は、涙を流します

 エレナの体力を回復させるために、血を吸わせることにした優気。

「首から直接吸わせてもらうわよ?」

「うん、分かった」

 優気は、血を吸いやすいように襟を広げ、首を傾けた。

「いくわよ」

 ふぅ~っと、息を吐いたエレナは優気の首元にそっと噛みついた。

 噛みつかれた瞬間チクッとした痛みがあったが、血を吸われていることは分かっても何処が痛むことは無かった。

「どう? 大丈夫?」

「うん、ちょっとチクッとしただけだよ。後は、ムズムズするかな」

「ごめん」

「気にしなくて良いよ。それより、どうかな? 僕の血は役に立ちそう?」

「ええ、今のところ暴走もなさそ・・・うっ!?」

 エレナの様子が急に変わった。さっきまで優気の事を気遣いながら血を吸っていたが、力強く噛みついてきた。髪は逆立ち、目も正気を失い掛けている。

 強烈な痛みで、叫びそうな声を必死に抑える優気。

「ぐっ・・・」

「ち、血をよこせ」

「え、エレナ」

「お、お前の血を・・・」

 久しぶりの血を得た吸血鬼は、最後の一滴まで絞り出そうとしている。

 血を吸われ、痛みにも耐え、普通の人間ならすぐに逃げ出したくなるものだが、優気はエレナを正気に戻す方法を必死に考えていた。

 頭を回転させている優気は、何か温かいものが当たったのを感じた。

 エレナの涙だった。

「ご、ごめん、ごめんなさい」

 その涙は、吸血衝動に必死に抗いながらも、上手く抑えられずにいる自分の情けなさと信じてくれた優気に申し訳無い気持ちの表れだった。

「大丈夫って、言ってくれたのに」

「エレナ・・・」

「お願い、私を殺して、あんたを・・・優気を殺したくないよ」

「・・・・・」

「今なら、まだ力を抑えられるから、だからお願い」

「・・・ダメだよ」

「どうして? このままじゃ、優気が死んじゃう。もう、誰も・・・傷付けたく無かったのに」

「エレナなら出来るよ。きっと、力を自分のものに出来るよ」

「・・・何で、そんなことが言えるのよ」

「だって、エレナは優しいから・・・今も僕を殺さないように自分と戦ってくれているじゃないか」

「・・・・・」

「そんな誰かを思う事が出来る人だもん。きっと、大丈夫だよ」

 優気は、エレナをそっと抱きしめ、優しく彼女の頭を撫でた。

「(ああ、暖かい。優気の気持ちが私の中に流れてきてる)」

「・・・頑張れ」

「・・・ありがとう」

 暴走していた力は、徐々に自分で制御できるようになっていき、意識も取り戻していった。優気の首から口を離し、呼吸を整える。エレナは、自力で暴走を止める事に成功した。

「ほら、エレナなら大丈夫って言ったでしょ?」

「今にもぶっ倒れそうな奴が何言ってるのよ」

「酷いなぁ、エレナが血をたくさん吸ったからなのに」

「そうね、優気のおかげで少し前に進めた気がする」

「もう、暴走は起きなさそう?」

「分からない。でも、昔みたいに何も出来ない訳じゃ無い。もし暴走しても、自分で抑えてみせるわ」

「うん、きっとエレナ・・・な、ら」

 血を吸われて事とずっと張っていた緊張の糸が解けた事で、力が抜けてしまった。

 倒れてきた優気を受け止め、今度はエレナが優しく抱きしめた。

「・・・無理させちゃってごめんね」

「・・・・・」

「本当にありがとう」

 気を失った優気の耳元で感謝の気持ちを囁いた。エレナは、優気の顔を見て、優しく微笑んだ。

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