第9話  異世界に来ても美味しそうな匂いがするお店にはやっぱり入ってしまいます

 エルから冒険者カードを貰った後、お昼を取ることにした優気達はギルドの外に出ていた。

「エルさん、冒険者カードありがとうございました」

「うん、困ったことがあったらいつでも聞きに来て良いよ。私は、基本的にギルドにいるから」

「はい」

「別に用事が無くても来てくれて良いからね」

「でも、ギルドマスターって忙しいんじゃないですか?」

「う~ん、まあ、忙しいといえば忙しいんだけど」

 エルは、周りを見て誰も聞いていないか確認した後、優気に顔を近づけて来た。優気は、ドキッとしたがエルが小声で話してくるので静かに聞いていた。

「実は、暇な事も多くて退屈しているんだ」

「そう・・・なんですか?」

 エルは、優気に近づけていた顔を戻して話しを続けた。

「だから、本当にいつ来てくれても大丈夫だよ。今日だけじゃ、話しきれなかったこともお互いにあると思うし」

「わ、分かりました」

 まだ、少しドキドキしている優気だったが話しはしっかり聞いていた。

「それじゃあ、またね」

「あ、はい、また」

「えっと、カルマさんとシルファさんも」

「ああ」

「うむ」

 エルは、優気達に挨拶をするとギルドの中に入っていった。

「うう~~、エルさん急に近くに来るから緊張したな~」

「緊張ですか?」

「うん、もっと堂々としてないといけないとは思うんだけど」

 緊張で上がってしまった体温を手で仰いで冷やそうとしていると、今度はシルファの顔が目の前に現れた。

「主殿」

「うわっ!?」

 驚いた優気は、そのまま後ろに下がり尻餅しりもちをつきそうなところをカルマに支えられた。

「大丈夫ですか? 優気様」

「うん、ご、ごめんね」

「いえ、このくらい。それよりも、優気様を驚かして何の真似だシルファ」

「す、すみません、主殿。驚かすつもりでは無かったのですが・・・」

「大丈夫、シルファがそんなことしないのは分かっているから。そんな不安そうな顔しないで?」

「はい、本当にすみませんでした」

「それで、一体どうしたの?」

「そ、それが・・・」

 シルファが優気に何かを伝えようするとぐぎゅるるるる~~~~、さっきよりも大きな音がシルファのお腹から聞こえて来た。

「お、お腹が空きすぎて音が止みそうにないです」

 2度目のお腹の音を聞いた優気は、シルファがさっきよりも元気がなくなっているように見え、急いでお店を探すことにした。

「ご、ごめんね。すぐにご飯を食べられるお店を探そう。でも、何処が良いかな・・・」

「それなら私にお任せ下さい。においをかいで最高に美味しいお店を探してみせます」

「元気なさそうだけど、大丈夫」

「はい、むしろご飯を食べるという目的が出来たので少し元気が戻って来ました」

「そ、そう? それじゃあ、シルファにお願いしようかな」

「それでは行きましょう!」

 先頭に立ち意気揚々と歩き出すシルファの後ろを、優気とカルマは付いていった。歩き進めていくと美味しそうな匂いが色んなところから流れて来た。

「ここは、食事する場所が多いのかな? 何処のお店からも良い匂いがしてくるね」

「そうですね。これだけ多いと悩んでしまいそうですが・・・」

 カルマは、シルファの方をチラッと見て言った。シルファは、店の前に立ってはその店から流れてくる料理の匂いを嗅いで、店選びをしていた。すでに、口からはヨダレが出始めている。限界が近づいてきているのかもしれない。

「シルファも、悩んでいるみたいだね」

「どの店に決まるかは、まだ時間がかかりそうですね」

「シルファが大丈夫ならいくら時間が掛かっても僕は問題ないけど」

「あれほど、お腹が空いている様子なのにお店は何処でも良いという訳では無いみたいですね」

「むしろ、お腹が空いているから自分の好みの場所を選びたいんじゃないかな?」

「そういうものなのでしょうか」

「お店で食べるならお金が必要だよね。ギルさんから助けて貰ったお礼にって、この世界のお金をくれたけれど」

 優気は、ズボンのポケットから小さな袋を取り出した。袋の中には、金・銀・銅の貨幣がそれぞれ10枚ずつ入っていた。

「この世界のお金のことはよく分からないけれど、こんなに渡してくれるなんてギルさん実は凄い人だったんじゃないかな」

「どうでしょうか、今となってはもう分かりませんけれど。もう2度と会うことも無いでしょうが、こうして優気様の役に立ったことは評価しておいても良いかもしれません」

「あ、ははは、カルマは厳しいね」

「優気様以外の人間に優しくする理由はありません」

「そうやって言ってくれるのはとても嬉しいけれど、僕達と親しくなった人達がいたらその人達にも優しくして欲しいかな」

「優気様がそう仰るのであれば・・・・・少し考えておきます」

「うん、ありがとうカルマ」

「しかし、このお金がちゃんと使えるかもまだ分かりませんね」

「そこまで疑わなくても良いんじゃないかな?」

「この貨幣がこの町では使えない、もしくは偽物だった場合、あの男を必ず見つけ出して殺してやろうと思います」

 笑っているカルマだったが、優気にはカルマの周りに黒い何かが出ている様に見え、背筋がゾッとしてしまった。カルマが本当にギルを殺しにいきそうだと感じた優気は、今持っている貨幣がどうか本物であるようにと心から願っていた。

 カルマと話しをしている間に、シルファが店を決めたらしく少し離れたところから両手を勢いよく振って優気達を呼んでいた。

「主殿! ここにしましょう!」

「どうやら決まったようですね」

「うん、僕達も行こうか」

 シルファが立っている店の前に行くと、他の店とは少し雰囲気が違うように感じた。中が暗くてよく見えなかったが、『営業中』と書かれた看板がドアの近くに立ててあった。

「ここのお店は、他のお店とはひと味もふた味も違う匂いがしてきました」

「匂いなのか、味なのかどっちなんだ」

「でも、確かに良い匂いがするね。何だか僕もお腹が空いてきたよ」

「それじゃあ、このお店に決めますか?」

「そうだね、入ってみようか」

「は、早く入りましょう!」

「お前は、もう少し落ち着け」

 優気は扉を開いて先に中に入り、その後にカルマとシルファが入ってきた。中に入ってみると、店が建てられてから結構な時間が過ぎているように感じたが机や椅子などの道具や天井や床も綺麗にされていて何処か心地良く感じていた。

 店に入った優気達だったが、お客どころか店員も見つからなかった。

「すみませ~ん、誰かいませんか~?」

 声を出して呼びかけてみるが返事はこない。

「可笑しいな~、誰もいないのかな?」

「いえ、誰かがいるのは間違いないです」

「えっ? 本当? 何処にいるのか分かる?」

「恐らく、あの扉の向こうに」

 カルマは、人の気配を探知して扉の向こうにいる事を確認した。優気は、カルマが教えてくれた扉の前まで行き軽くノックをしたが反応がない。その後も、何度かノックをしてみたが誰も出て来る気配は無かった。

「もしかして、今日は休みだったのかな? だから、出て来ないのかな? う~ん、どうしよう」

 悩んでいると、ガチャッと扉の鍵が開く音がした。

「あれ? 今の鍵の音、この扉だよね」

 優気は、ドアノブを握り回して扉が開いていることを確認した。そのまま、扉をゆっくりと開けて中に入ろうとした瞬間――――。



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