第4話 森を抜けたら人がモンスターに襲われていたので助けようと思います

 カルマの案内により優気達は、無事に森を抜けることが出来た。フェンリルが着ている服は、カルマが魔力によって作った服である。カルマは最初は、気が進まなかったが優気の頼みということで仕方なく作っていた。

「カルマのおかげで簡単に森を抜けられたよ。ありがとう」

「いえ、これくらい大したことありません」

 優気の役に立てたことで、思わず表情が緩んでしまうカルマ。

「失礼ですが主殿、これからどうなさるのですか?」

「えっと、町や村に行きたいんだけど・・・、2人はこの近くにある町とか知らない?」

 2人は、首を振って答える。

「残念ながら」

「申し訳ありません。主殿」

「そっか。それじゃあ、とりあえず行動してみようか。歩き続けてたら人に会えるかもしれないしね。行こう、カルマ、あと・・・」

 名前を呼ぼうとした優気だったが、フェンリルには名前が無いのではと思った。

「えっと、フェンリルって名前じゃないよね?」

「そうですね。フェンリルは私の種族名になります。そもそも、名前がある方が珍しいのです」

「そうなの? カルマ」

「はい。伝説級の物なら名があったとしても珍しくありませんが、モンスターに名前があることは聞いたことがありません」

「そうなんだ。 ・・・う~ん」

 腕を組み何かを考えている優気を不思議そうに見ている2人。

「ねえ、僕が名前を付けても良い?」

「私にですか?」

「うん、折角一緒に旅をするのに名前が無いのは悲しいと思って・・・ダメかな?」

「いえ、そんなことはありません。主殿から頂ける名でしたら喜んで頂戴します」

「そんな大袈裟に捉えなくて良いけれど、・・・そうだなぁ、シルファでどうかな?」

「シルファ・・・はい、とても良い名前だと思います。感謝します」

 名前を貰えた事に感動したシルファは、胸に両手を当て心の中で何か温かい物が流れてくるのを感じた。

 自分の付けた名前が気に入らなかったらどうしようかなどと考えていた優気だが、シルファの様子を見て本当に喜んで貰えているようなので、自分自身も嬉しくなっていた。

 しかし、優気の横で複雑な表情を見せているカルマの姿があった。

「どうかしたの? カルマ」

「いえ、何でもありません。フェンリルに名前を与えていたのを羨ましいと思っている訳ではありませんから」

 そう言っているカルマだったが、両耳は垂れており頬も少し膨らませていた。

「えっと、ごめんね。でも、カルマにはカルマの両親から貰った素敵な名前があったから、僕が改めて考えるのは失礼だと思って」

「分かっています。私も、両親から貰ったこの名前をとても気に入っています。それでも・・・」

 下を向いたカルマは、何処か寂しそうな雰囲気が出ていた。優気は、どうしたら良いのか分からず、そっとカルマの頭を撫でた。

「その~、名前は無理だけど、僕に出来ることでして欲しいことがあったら遠慮せずに言ってね。カルマに喜んで貰えるように頑張るからさ」

「そ、それでは、もう少しこのまま頭を撫でていて欲しいのですが」

「うん、分かった」

 頭を撫でられ、最初は恥ずかしがっていたカルマだったがいつの間にか心地よく感じるようになっていた。優気もその様子を見てほっとして、笑った。

「主殿、私も撫でてくれませんか?」

「シルファも?」

「はい!」

 カルマの幸せそうな様子を見たシルファは、一体どういう物なのかと興味を持ち、自分も同じ事をして貰おうと考えた。

 優気は、カルマの頭に乗せている手とは反対の手をそっとシルファの頭の上に乗せて、優しく撫でた。

「おお、これは」

「どうかな?」

「はい、とても気持ちが良いです、主殿」

「あの~、シルファ、主殿っていうのは・・・」

「・・・・・」

「(今は、いいかな)」

 呼び方を変えて貰おうと思った優気だったが、頭を撫でられ気持ちよさそうにしているシルファを見て、邪魔になるようなことは言わないでおこうと考えた。

「(2人とも喜んでいるみたいで良かったけど、少し恥ずかしいかな?)」

 同時に2人の頭を撫でている優気は、近くに人が居なくて良かったと少し思うのだった。

「ありがとうございます、優気様。ご迷惑をお掛けしました」

「私も、何だか心が温まっていく感じがしてとても心地良かったです」

「2人が気に入ってくれたなら良かったよ」

 穏やかな雰囲気になっていた優気達だったが、シルファが何かに気付き表情を変えた。

「どうしたの? シルファ」

「何処かで血のにおいがします」

「えっ?」

 優気は、辺りを見回すが見える範囲に特に生き物がいる様子は無い。

「シルファ、どちらの方角からにおうか分かるか?」

「私達が今から進もうとしていた方からにおって来ているな。においが薄い。かなり遠くからのようだが」

「なるほど」

 シルファが指差した方向をじっと見ているカルマ。

「どうやらモンスターと戦っている人間がいるようですね」

「どうして分かるの?」

「私には<<千里眼>>という技が使えるのです。九尾は元々目が良いのですが私は特別で遠くに居る物を確認したり、暗闇の中でも難なく進むことが出来ます」

「それじゃあ、今カルマは、千里眼を使って遠くの状況を確認したんだね」

「はい、その通りです」

「モンスターと戦っているんだよね? どういう状況かまで分かる?」

「人間の方が1人で戦っているようですね。それに対してモンスターの数は20は超えています」

「20って、そんなの1人じゃきっと相手に出来ないよ」

「上手く立ち回ってはいますが、すでに傷を負っているようです。今のままではやられるのも時間の問題です」

「助けに行かなきゃ!」

「ここからかなり距離があります。間に合うかどうか」

「それでも知った以上は放っておけないよ!」

 優気の必死の訴えに、カルマは優しく笑って優気の方を見た。

「そうですね、優気様はそういうお方でした。急ぎましょう、私も全力でお助けします」

「ありがとう、カルマ」

「主殿、私の背中に乗って下さい」

 優気とカルマが話している間に、シルファはフェンリルの姿に戻っていた。最初に会った時よりも大きくなっているように見える。

「シルファ? 何だか大きくなっていない?」

「主殿から名を貰ったことで、魔力量などが増えたようですね」

「そうなんだ」

「さあ、私の背に乗って下さい。優気様が走って行くよりも少しは早く付ける筈です」

「ありがとう、シルファ」

 優気は、ゆっくりとシルファの背中に乗った。しかし、カルマは乗らずにいる。

「ほら、カルマも」

「いえ、私は走って行きます。少しでも軽い方が早く着く筈です」

「ふん、狐を1人乗せたところで変わらない、早く乗れ。お互いまだ気にくわない所があるかもしれないが、優気様のお役に立ちたい気持ちは変わらないだろう?」

 思いもよらないシルファの一言に、驚いたカルマ。

 優気はカルマに手を差し出し、笑顔で言った。

「一緒に行こう」

 カルマもつられて笑顔になり、優気の手を取った。

 優気とカルマが背中に乗った事を確認したシルファは先程かいだ血のにおいのする方に走り出した。

 シルファはかなりの速度で進み景色が次々と流れていった。

「凄いよ、シルファ、こんなに速いなんて。それに、こんなに速く進んでいるのに風が優しく感じるよ」

「走り出す前に魔法を掛けておきました。魔法の効果で風の影響をあまり受けない筈です」

「ありがとうシルファ。カルマ、戦闘はどんな感じになってる?」

「何体かモンスターを倒したようですが、人間の方が徐々に囲まれ始めました。この距離なら、恐らく優気様の目でも見えてくる筈です」

 カルマの言うとおり、進む先に誰かが争っている様子が見えてきていた。徐々に近づくにつれて、カルマが先程まで千里眼で見てた状況が分かるようになった。

 モンスターに囲われていたが、確かに戦っている人影が見える。

「どうやらモンスターは全てゴブリンのようですね」

「ゴブリン?」

「特に知恵が回る訳では無いのですが、棍棒など武器を使い襲って来るモンスターです」

「僕でも倒せるかな?」

「優気様なら問題ないと思います。しかし、ここは私にお任せ下さい。シルファ、このままモンスターの群れに突っ込め」

「お前に任せて大丈夫なのか?」

「ゴブリンなんかに遅れは取らない。ひとまず、中心にいる人間への道を作る。優気様のことは任せたぞ」

「貴様に言われるまでもない」

「頑張って、カルマ!」

「はい、行って参ります」

 そう言うとカルマは、シルファから上に高く飛ぶと扇を出しゴブリン達に向かって黒い炎を出した。一部のゴブリンは炎に焼かれ、残りのゴブリンはいきなりの攻撃に動揺していた。

 ゴブリン達が動揺している隙に、シルファと優気は群れの中心に飛び込んでいった。

「大丈夫ですか?」

「何だ、お前達は。こいつらの仲間か」

「ち、違いますよ。貴方を助けに来たんです」

「何?」

 ゴブリンと戦っていたのは若い男性で、髪は短く金色で瞳は青色だった。いきなり現れた優気達を警戒し剣を両手で構えている。しかし、血も流れ傷も多く立っているのがやっとの状態だった。

「僕、回復魔法が使えるんです。もしかしたら、その傷治せるかもしれません」

「待て、近づくな」

 シルファから降りて、傷を治そうと近づく優気に対して、若い男性は近づかないように言った。

「悪いが会ったばかりの奴らを信用する訳にはいかない。ましてや、モンスターと一緒にいる奴ならな」

「シルファのことですか? それなら大丈夫です。とても優しくて良い子なので」

「どうして、そう言い切れる? モンスターを仲間にするなどテイマーくらいのものだ」

「あ、はい。僕はテイマーなんです」

「そうか、やはり」

 優気が自分がテイマーだというと、相手は明らかな殺気を向けてきた。

 殺意を向けられたことで、後ろにいたシルファが優気の前に出て威嚇した。

「主を守ろうとするか、モンスターよ。それほど強い主には見えないがな」

「それ以上主殿を侮辱するような事を言ってみろ。私が貴様を殺すぞ」

「モンスターが、話しただと!?」

「落ち着いて、シルファ。僕は、大丈夫だから」

「しかし、主殿・・・」

 心配そうに見つめてくるシルファに笑顔を向け頭を撫でる優気。強がってはいるが、先程から感じる殺気に怯えていた。

 一方、殺気を飛ばしていた男はシルファが話したことに驚き少しの間警戒を解いていた。

「僕達は、貴方がモンスターと戦っていることに気付き助けようと思ってここに来ました。もし、必要ないということでしたら、このまま立ち去ります」

「その言葉を信用しろと? 気を許したところを殺られないとも限らないだろう」

「それは・・・」

 男の言葉を聞いて、優気は確かに確実に信用して貰えるようなことは出来ないと感じた。カルマやシルファの時とは違う。先程の殺気を受けて、勝手に傷を治そうとすれば相手は本当に自分を殺すかもしれないと思った。

 優気が悩んでいる所にカルマが戻ってきた。

「ただいま、戻りました」

「カルマ・・・」

 カルマは、全てのゴブリン達をこの短時間で1人で倒していた。

「どうされたのですか? 優気様」

「もう一匹いたのか」

「ん? お前はゴブリンに殺され掛けていた人間ではないか。優気様が来るまで何とか堪えていたようだな」

「一体何者なんだお前達は。テイマーと会話が出来るモンスターが2体もいる。しかも、モンスターの方はかなりの強さだ」

「主殿を侮辱する貴様に教えることなど無い」

「何? 優気様を? ゴブリンを相手にしている間に別の殺気を感じていたがお前だったのか」

 シルファの発言を聞き、カルマも魔力を高めいつでも攻撃を仕掛けられる体制に入った。

 男は、カルマとシルファから敵意を感じより一層力を入れた。

「優気様を侮辱した罪、万死に値する」

「やはり、モンスターはモンスターか、主がいようが人を襲うことに変わりははない。ここで死んで貰うぞ」

「2人とも待って! 貴方も僕の話をもう一度聞いて下さい!」

 優気の声は、誰にも聞こえていなかった。このまま衝突すれば、どちらもただでは済まない。どうすればいいのか分からない優気だったが、体は自然と両者が相対している間に入っていた。

 ゆっくりと両手を広げ、カルマとシルファの方を向き落ち着くように言った。

「落ち着いて2人とも」

「そこをどいて下さい、主殿。その男を私は許すことが出来ません」

「優気様が助けようとしていた人間ですが、これほどの敵意を向けられてしまっては黙っている訳にもいきません」

「・・・お願い」

 まだ、恐怖が抜けきっておらず少し体も震えている。それでも、優気は2人に争って欲しくない、傷付いて欲しくないと思い間に入って止めようとした。

 優気の姿を見た、カルマとシルファは迷ったがひとまず戦闘する態勢を解いた。

「何のつもりだ?」

「・・・貴方の傷を治させて下さい」

「まだ、言っているのか。お前らのことは信用出来ない。特にテイマーは」

「じゃあ、次モンスターが襲ってきたらどうするつもりですか? その傷じゃまともに動けないんじゃないですか?」

「こんな傷大したことはな・・・くっ!」

 少し態勢を変えようとした男は、傷が痛み膝をついてしまった。持っていた剣を地面に突き刺し倒れることだけはしまいと力を入れている。

 優気は、振り返り言葉を掛ける。

「もう、体が限界なんじゃないですか?」

「問題無い。お前達の力を借りるくらいならば死んだ方がマシだ」

「死んだ方がマシだなんて言うな!」

「なっ・・・」

「簡単に生きることを諦めないで下さい。死んでしまったらもう何も出来ないんですよ? 大切な誰かに会うことも触れることも・・・」

 優気の雰囲気の変わりように、呆気にとられてしまった。そして、優気の言葉を聞き心から助けようとしていることを感じ取った。

「・・・分かった。もう、立つ気力も無くなってしまった。この判断が正解かは分からないが、助けてくれないか?」

「任せて下さい」

 男からは殺気どころか、戦う気力すら見られない。本当に限界だったのだろう。

 優気は、近づいて回復魔法を掛けた。少し時間は掛かったが全ての傷を治すことが出来た。

「どうですか? これで全部治ったと思うんですが」

「これは、凄いな。体が自由に動く。これほどまでの回復魔法を掛けて貰ったのは始めてだ」

「ちゃんと、治せて良かったです」

「それでは、行きましょう、優気様」

「カルマ?」

「主殿、傷を治したのならこの人間とこれ以上一緒にいる意味はありません。それに、今度主殿が侮辱されれば私は牙を向けないという保証が出来ません」

「シルファ・・・」

 傷を治したことを確認した、カルマとシルファはすぐにこの場を離れようとしていた。優気が止めなければ、戦闘になっていたかもしれない相手から離れようとしているのだ。

「待ってくれ」

 男は、優気達が離れようとしているところを呼び止めた。地面に突き刺していた剣を鞘に収めそのまま地面に置いた。

「傷を治してくれてありがとう。先程は君達の傷付くことをたくさん言ってしまった。すまなかった」

「そんな気にしないで良いですよ。僕も知らない人からいきなり声を掛けられたらビックリしますし」

「君達も・・・」

「カルマとシルファです」

「カルマ殿とシルファ殿にも失礼なことを言ってしまった。すまなかった」

「お前のことはどうでも良い。だが、優気様が満足されているようだからな。私はそれで構わない」

「私は許すことが出来ないが、主殿に嫌われたくは無い。だから、貴様に牙を向けるのは止めておいてやる」

「ありがとう、本当にすまなかった」

 男は、もう一度礼を言うと深々と頭を下げた。

「そういえば、貴方はどうして1人でモンスターと戦っていたんですか?」

「実は、ある素材を探していたのだが・・・」

 様々なトラブルに遭った優気だったが、異世界に来て初めての人間に出会うことが出来た。この出会いが少しだけ優気達のこれからの人生に少し影響していくのだが、優気はそのことをまだ知る由も無い。



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