第3話3
南向きの座敷の中は明るい光に
畳は
「
嘘鳥の目の前には子供のように
「この人が昨日お話ししたかくりょの生き残りで、例の障りの根拠です」
「お名前はなんと?」
「さぁ…。なにしろ助け出されてから一度も目覚めた事がありませんので、正確なところは誰にもわかりません」
嘘鳥は
―ふと、違和感を覚えた。「正確なところとは、どういう意味でしょう?」
「発見された時、この人は小さな紙包みを持っていましてね」紙包みの上書きには日付と、それから
「この方をお助けしたのも、やはり障りを恐れての事なのですか」
「まさか、その頃はまだ。この人はほんの少年の年頃で、単純にひとの哀れを誘っただけでしょう。障りというのは、今回初めて出て来た話なんです」
人々に哀れまれて世話をされ、命は保っているものの、一向目覚める気配はない。数日かひと月の間の事であれば、弔いを出した後に残るのは、単なる昔話ひとつきりだっただろう。
それが年を越え、
これはなにかおかしくないか?
自然と
「それなら、
嘘鳥は“要さん”という名前なのかも知れない人物の顔をまじまじと見つめた。
なんと切ない事か。
この人は、なにひとつ知らずに眠っているのだ。自分が年老いた事すらもわからずに。
「婆っぱぁか?」
「えっ」
突然の幼い音色に不意を衝かれ、嘘鳥は老人の寝顔からぱっと目を上げた。
肩上げされた紺絣、髪を短く刈られた十歳前後の男の子がそこに立っていた。
「どうか、されましたか?」
深町の声で我に返ると、もうそこには誰も居なかった。
それでも、顔を上げた嘘鳥を見て、男の子は―しまった間違えた―確かにそんな顔つきをしたのだ。
水音が聞こえている。
ということは、また勝手にここに戻って来てしまっているようだ。
ここは
多分、川が流れているのだろうと当たりをつけてはいるものの、スウッとするような水の気配も、湿った土や草の匂いもしないから、いまひとつ確信が持てないでいる。
「…おかえり」
直ぐ傍でくぐもった声がした。
「うん。そっちこそ、いま帰ったのか?」振り向いたからって相手の姿は見えないのだから意味はないのだが、声のした方へ顔を向ける。「それで、どうだった?」
「…ほら。今日はこんだけ」
闇の中から五つ六つ、ぽつりぽつり
それほど強い光ではないのに、闇に慣れた要の目には
「今日はかなり
「…まだまだ足りない」
「そうか」
瀬音に混じって
「こんなボロ屋でお恥ずかしい限りですけれど、広さだけは町の宿屋なんぞには負けませからね。どうぞ、ごゆっくり。おくつろぎくださいな」縁側から差し込む陽の光が、
「多大なご
「
嘘鳥たち一行は深町宅へと宿を移していた。
菊枝と名乗ったのは深町の母君である。
深町はそろそろ
所帯の規模から言えば深町宅であるが、彼の住まいは実際、邸宅と呼んで差し支えは無いだろう広大さを兼ね備えていた。昔は栄えた家だったのかも知れない。
「ほう。これはまた変わった味わいの…、実に美味い饅頭ですな」言うが早いか蟾の手は既にふたつ目の饅頭に伸びている。
痩せの大食いとはよく言ったものだ。
深町家の女中、お
「本当だ、おいしい」
「お気に召しましたかね」何故か手柄顔のお重が蟾の茶を淹れかえる。
「これはこの辺りの名物ですかな?」
「いえいえ、これは
「きさらぎ先生は元々
そんな会話が飛び交う間も蟾の手も口も止まらず、とうとうひとりで
「そんなにお気に召したンなら、折を見てお嬢さんに
「それは宜しく頼みたい」
蟾の大真面目な顔つきに、菊枝もお重も笑い崩れた。
「登紀子さんも腕の見せ所と、きっと喜んでくれるでしょう」
件のお嬢さんは登紀子という名前らしい。食いしん坊が絶賛するだけあって、なかなかのシロモノだと環も思った。帰りがけにでも、いくばくか包んで貰えたなら立派な
それにしても、いつ
この町を襲う“
そんな事をおぼろに考えていると、気が付けばこの場は一層の盛り上がりを見せていた。
人間、好きなものに関しては
貸席の場での態度とは
よその土地の珍しげな料理や茶菓の話に菊枝もお重も
ともかく蟾が好人物として印象づけられたのなら、ここでの生活は
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