第2話2
「遅れまして」
ひと言きりで謝罪を述べるでもなく、言訳すらもせずに歩みを進める
坊主の僧衣や神主の装束はまあまだ良しとして、
一体どこの芝居小屋か。さらに言えばこの顔ぶれでの演目は一体何なのだ?
そんな事を考えている当の環の出で立ちも、
せいぜい
「これで皆様が揃いましたな。我が町の
チラチラとこちらを盗み見る鍛冶の視線を
蟾の声だ。―との認識はあるが耳から聞こえた音というよりも、直接頭の中に言葉をねじ込まれたように
わかったよ。環も頭の中で応えてみた。
隣に座った蟾は環に見えている側の横顔の中で
蟾は小者呼ばわりしたが、鍛冶延正と名乗った男は、正真正銘この町の町長である。
深町の差し出した名刺の肩書きには、町役場の
町長が“我が町の存亡の危機”と言ったのは本当であり、この一見
こんな
「―
奇禍。思いがけない災難?何とも曖昧であるが、眉を
始まりはいつとも知れないが、それは確実にこの町を侵食していったのだ。
「わたしが知る限りの最初は、お隣の
深町の隣家に住む夫婦の長女、
そのうち方々から似たような話が、深町の耳に入って来るようになった。
病気や怪我といった直接的な発端となるような故障もなしに、ある日から急に手が
「医者には診せたのか」蟾が口を開いた。
「
「ふぅん。それでお次は
「
「それが、噂が立ちまして。これは絶対にかくりょの障りだろうと」
「かくりょ?」嘘鳥が大きな眼を
かくりょとは、すなわち
町の玄関先である駅前がいくらか
この先には隠れ里があるよ。
山の奥、林の奥、大滝を
「ほう。それで、そんなものが本当に在ったのか?」
「それが本当に在ったのです。ですが今はもう在りません。わたしが生まれるよりもずっと前に
「それで、かくりょなの。でも、どうしてそこがそうだとわかったのかしら?」
「生き残りがひとり、居りました。
「そいつと関わったばかりにこの有様ということか。しかし、それから随分と時が経っているようではないか。その時は何でもなかったのであろう?」
「はあ…、それは、そうなのですが」
「理由が欲しいのよ、蟾。誰だって何もわからないままでは落ち着かないわ」
そのような行く立で、この町唯一の
そうしてこの場は、恐らくは
町長の
故人を偲ぶ通夜の方が
「これは
場の空気などそっちのけで、蟾がスイスイ箸を進めて弁当の中身をどんどん詰め込んでいく。環もつられて箸をつけてみると、本当だ、自然と顔がほころぶくらいに美味い料理だった。
「別に、理由の無い事でもないのです」肩を落としつつ目の前を歩む深町の背中を追いながら嘘鳥は息を上げていた。ひと足ごと、歩むたびに深町の背が遠のくようだ。思わず膝に手をついて立ち止まる。
後れがちな嘘鳥に気付いた深町がおもむろに振り返る。「ああ、失礼。気が利かなくて申し訳ありません。…本当に、ほんとうだったんですね」枯れ枝の様な嘘鳥の手を取った。
奇妙な宴席も
「
鍛冶以上に環の存在を気にしている様子があからさまだったから、これは予想の範囲内ではある。
「あんたさんの器量だったら、もっと儲かる商売だって選べるだろうによぅ?」妙に
コイツは生臭坊主と呼ぶ以前に、ニセ坊主の様だ。
蟾の顔を見た。
彼はすでに食後の甘味まで
それなら好きにやってやろうか。
匂やかな笑みを浮かべた巫女はスッと袖を上げ、節くれだって染みの浮いた坊主の汚い手を取った。と、坊主の身体は半回転しながら宙に舞い、そのまま畳の上に打ちつけられた。
一瞬の出来事で、
「御坊、これはこれは。多少
ああ、なんだそうかとその場も納得した様子だったが、座敷の向こう側では町長の鍛冶が肩を震わせて笑いを堪えている。彼は昨夜同様の災難に
昨日の
若い女の拝み屋と聞いて好奇心を沸かせたのか、或いは酒の勢いで思いついた軽い
「食事の席だ。なるべく
「コイツは多少軽はずみなところもありますが、決して悪い人間じゃありません。平にご容赦願います」気を失って倒れている町長の脇に
「容赦も何も、当方には別に何があったわけではない。そこにいる小僧がたまたま
「それにしても、このような腕の立つ
「用心棒とは?」
「はあ…。ここいらは見ての通りの田舎町で、ふだんは退屈ばかりが名物のような長閑な場所なんですが、このところは物騒でして」
一向に解決を見ない奇禍に
身の危険を感じた町長、鍛冶は一等信頼の置ける人物に助けを求めた。
「この度は
援軍を得て安心ついでにおちゃらけた鍛冶の行動から
「重々ご用心なさった方が宜しいでしょう」
平岩からそんな助言を受け、
用心棒との
しかし、さすがに声だけは隠せない。かと言って
と思いきや、どこから取り出したものか隣に座っている蟾が
気が付けばいつの間にか座敷の中の頭数が増えている。人いきれのせいで本当に暑いのだ。
最初から座敷に居た珍奇な面々それぞれを普通の身なりの人々が
但し環たちは例外で、若く美しい巫女姿にチラチラ目線を送って来る者はあるのだが、取りつく島もなさげな蟾の雰囲気に、
「ふむ。もう何も出て来んようだ。そろそろ帰るぞ」
蟾は団扇をそこらに放り出すと、さばさばと腰を上げた。
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