8話
――なんでこんなに地下空間が多いの? 第二階層は?
セロはコートから懐中電灯を取り出した。キルリアン着光というタイプで人間のオーラを可視化して光らせる。
オーラとは、圧倒的強いヤツの気配で相手をビビらせる……みたいな盤面で言う、アレ
電池や電球が切れないので使い減らず光量が多いということで多くの工事現場で使われている。
ドリルブレードと同じお店で売ってた。処分セールとポイントカードの割引対象だったのでとっても安かった。
とにかく、用意が良いセロは軍警察を引き連れて真っ暗な階段を駆け下り、あたしもそのあとに続く。
その地下は、死体やカビの匂いがするよりマシだが、作り込まれたような清潔さが、むしろ空寒かった。
壁には幾魔学の刻印が刻まれており、魔力が循環しているらしい。
古いインクと紙の匂い。その源を探れば、それは壁から……違う! “壁だと思っていたもの”からしている!?
「……セロ、全部本! 本棚! 壁じゃなイ!」
「私はこれが欲しかったのです……光爵の地位が欲しかったわけではない、贅沢な生活がしたかったわけではないんですよ。私は知りたかっただけなんですよ……そうなんですよ」
通路にヴザライの声がこだまする。
奇妙な感覚だった。逃げているはずのヴザライの声には余裕すらにじみ、声で地下通路を案内するようですらある。
道は枝分かれしているが通路としてではなく、本棚を効率的に置くための分岐にすぎない。
整然と、規模が大きすぎてそれが本だと気付かなかった。この地下都市のどの図書館よりも多くの本が入っているのは間違いないだろう。
ここは、光爵家が代々受け継いできた書庫だ。存在そのものを隠し続けてきた、“真実”の一端であることは間違いない。
「この幾魔学地下都市はなんなのかぁっ!
アーカイブに溢れる多くの地上の情報……書物やネットワークの残滓は明らかに地上世界を証明しているゥぁ!
それなのに! この地下都市から脱出はおろか、我々は第一階層と第九階層にすら行くことができない!
通路すらない! 壁抜けを習得した私ですら第二階層と第九階層に向かうことはできなかった!
実在するはずの天使たちだけがその答えを知っている! 伝説ではない! そう! 八年前に猛城甲爵を殺害した!
猛城セロ! あなたのことは以前から知っていましたよ! 天使と遭遇した貴重な人間として!」
道の向こう側から響くヴザライは、恍惚とするように叫び続けている。
自分を見ろ、自分の話を聞け、自分だけが真実だと言わんばかりの陶酔にクラクラする。
あたしがそんな演説で胸焼けしそうになっているとき、それは広い視野に引っ掛かった。
「ってセロ!? あレ、ダモンじゃなイ!?」
「なに!?」
本棚の陰、後ろ手に縛られて情報屋のダモンが転がされていた。
なるほど。執事や譚爵以外にトルアキフ光爵の替え玉を仲介をしたダモンを口封じしたというわけか。
軍警察のひとりがダモンを抱き起こし、声をかけながら呼吸を確認した。
「大丈夫! 生きています!」
「助かる! そのまま上に連れて戻ってくれ!」
「はい!」
……別にいいけど、軍警察の人になんでセロが指示だしてるの? 軍警察の人も従ってるし。
とはいえ、セロもダモンの生死は気に掛かっていたのか、走りが軽くなっているように見える。警戒しながら走っていると気掛かりがひとつでもあると本気で走れないものだからね。
そんなセロを見ていて煽るように、調子に乗ったヴザライの声が響く。
「天使を倒すために斬殺探偵の汚名を受けながら戦う! 天使の追跡者!
私は真実のために! あなたは敵討ちのために! 天使を探すという目的は共通しているはずどぁっ!
同志だと思っていましたよ! あなたがカルダモンにしか行かず、私の情報屋に来ないことが歯痒かったでっよぉあ!
そのあぁたがぁ! ンでぇっ! 私をォ! 利用しなかぁぅぉですくァっ! 真実に到達しっぁらば! 私をぉ! 利用すべきでしョォッ!
天使探しで私を脅迫すればよぁった! そうすれば、あなたと私は同志となれた! 真実を! 天使を追う者として!」
セロや諸々の情報を取るためにダモンも生かしていたといったところか。
ダモンを発見してから間もなく、分かれ道に迷うこともなく、あたしたちは大声の主の元へ辿り着いた。
アラクネーの地下ダンジョンと同じく通路を抜けると大広間に出た。そこには大声の主が……祭壇だろうか、一段高くなっている位置にヴザライが立っていた。
それにしても、この女、情報屋というにはあまりにも、おざなりだ。セロのことを全くわかっていない。
「短慮だ! 実に間が抜けている! 斬殺探偵! あなたは! あなたの浅はかさで! 真実から遠退いた! 天使の情報を! 逸したんだ!」
「言いたいことはそれだけか?」
「……はえ?」
「俺は天使に家族を殺されて復讐を決めた……それで、俺がキサマに協力すると思うのか?」
「意味の分からないことぉをぉ! 私と手を結ぶことが近道だろォぉ!?」
「お前は……瀬蓮さんと長尾さんを殺した。俺にとってはただすれ違った他人だが……そうでない人もいるだろう」
「何の話だぁ! 真実が! そこに有ったんだ! 正しき歴史! 正しき世界! その前には小さな犠牲でしかない!」
「正しければ復讐されない……本当にそう思っているのか。ならば……キサマは俺の敵だ」
「ヴザライ。ダモンは第六階層で一番の情報屋って呼ばれてたのに、あんたはいっつも二番手以下の情報屋ダ。セロの感情もわからなイ、それが敗因だヨ」
もし、セロが手段を選ばなければ、今頃、もっと天使に近付いていたかもしれない。
だが、なんだとしてもセロは自分にウソを吐かない。“復讐のために”というのは“復讐のせい”と同じで、自分の家族のために誰かの家族を踏みにじることを許さない。
手段を選ばないヴザライを、手段を選んでしまうセロは認めはしない。
斬殺探偵と呼ばれようと甲爵の名前を捨ててでも、どんなに道が遠くても、自分のやり方を捨てないし、誰かのせいにしない。だからこそ過酷で、だからこそセロは強い。
誰かの家族を殺した犯人を放置する、そんなことをセロが選べるわけも、選ぶわけも、ないのだ。
「――バカがっ、バカがっ、低能がっなぜ分からないぃ、なぜ分かろうとしないっ、ここは箱庭で、牢獄で、檻で、迷宮でぇ、肥溜めだぁあッ!
我々は飛び立たねばならないぃ! 空に掛かる虹へ、連なる山脈へ、大いなる海原へ、世界へとぉぉぉぉ……!
伝説の八日異稿はここにもなかった! 八日異稿! そう! 神が七日で作ったこの世界の八日目……世界の秘密が書いてあるという魔導書!」
天使がいるというなら八日異稿くらいあるかもしれないが、そんなおとぎ噺を信じてるのか?
ヴザライは、幼い子供のように無様にダンダンと地面を踏みしめているが、もうヒステリーに怒鳴り散らすやることがないのだろう。
もし、ここが薄い壁ならば抜けられるだろうが、地下ダンジョンといえば周囲は全部分厚い壁も同然。
闇に紛れようにも、周囲の壁にはセロの懐中電灯と同じような原理で幾魔学の刻印が施工されており、発光していて……って、ちょっと待って。
「セロ! やばイ! すぐ叩いテ!」
「!? ああ!」
説明なくとも、セロは弾けるように飛び出した。
そのセロの背中に向けて、あたしは続けて叫ぶ!
「ここはさっきのアラクネーのダンジョンと同じダ! 魔力の流れがヴザライの足元に集まってル!」
朗々と語っていたのは時間稼ぎだったんだ。
正真正銘のヒステリックさと圧倒的な有利、そしてセロが情報を訊きだそうとしてしまったのが災いした。
飛び掛かったセロのドリルブレードが届く寸前、ヴザライの顔が狂喜の三日月を刻んだ。
「忘却の魔神よ! 我が敵を滅ぼせ!」
――それが、ヴザライの最後の言葉だった。
地面に刻まれ魔力が迸って封印が解かれたとき、ヴザライの頭部はドッジボールのように弾け、セロはそれをドリルブレードの側面で受け止めた。
結果的に、その動きが勢いを付けていたセロのブレーキ代わりになり、“それ”から距離を取ることができた。
地面の裂け目が開いている。
物理的なものじゃない。空間そのものに亀裂が入り、“それ”はウネウネと揺らぎ、旋風の中の葉のように怪しく不規則に、それでいておぞましいまでの生命を感じる。
硬質な金属のようなプラスチックのような、安っぽい光沢のある物体を、タコの足と蛇を縒(よ)り合わせたような紐がつなげたような、気色悪いモンスター。
「なんなんだよ! なんなんだよ! あれは! なんなんだよぉおおおお!」
軍警察のひとりが泣きそうな声で叫んだ。
“それ”を見据えたままバックステップで下がっているセロの背中は、警察官の言葉に同意し、あたしの言葉を待っている。
この状況、アラクネーやモンスターに詳しいあたしに、解説を求めている。
でも、ゴメン。
「あたしも知らなイ! 伝説にも残ってない、何かの魔神……コイツ、ヤバイ!」
真実を知るためだと豪語し殺人まで犯したというヴザライの気持ちが、少しわかった気がした。
この幾魔学地下都市には、あたしの知らない何かが眠っている。そしてそれが今、襲い掛かってこようとしていた。
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