3話

 第二階層から第六階層へのエレベーター。

 途中の階層での荷物の乗り降ろしに、第三階層の地下鉄通過を待ったりもし、数十分後。

 上階層にあるような建物の中にあるエレベーターより格段に速いが、それでも時間がかかるのは一層が分厚いからだ。

 エレベーターが着いたのは、その中でも最大の大きさを誇る牧歌的な第五階層。

 ケンタウルスやサテュロスが飛び跳ね、小さめである第二階層の何倍も大きく、日光灯も最も強くなっている。


「……ここまでは、明るいんだけどな」

「第五階層でメシ食う気になっタ?」

「大昔の映画では……空に太陽があるだろ。日傘とかよ」

「マーボー! ハルマキ! グラタン!」

「……第五階層(ココ)が、光を塞き止める傘なんだろうな。光って奴が……上から降って来るならさ」

「ごまかすナ!」


 とにかく、セロは第五階層もあまり好きじゃない、と。

 その感覚はあたしにも分からなくもないけどね。

 ここまでは光の領域。あたしたちの家がある第六階層以下は闇がルールの無法地帯。

 二から六まではエレベーターが有るが、第六階層へは高価なチケットが必要な高速エレベーター以外は古びれた螺旋階段が何カ所かあるだけ。

 もちろん、セロも階段を使うし、それに付き合う。


「メーシー! メーシー!」

「……悪かったって。カツカレーにして良いって……」

「二枚! 二枚入れるよ! カツ!」


 人が三人くらい横になれるほどの幅がある螺旋階段。

 実際に多くのホームレスさんたちが住んで横になっているのだから間違いない。

 小休止のためにトイレが設置されている中階では、最もホームレスさんが多い。

 上階層では税金が払えないと居住できないが、かといって下階層は治安が悪いもんだから、この辺りでホームレスしてるのだ。

 そんな階段を何百段かを下り、薄暮めいた日光灯の下、無秩序に乱立するレンガ造りのアパートメントは、第二階層に比べてヒビが目立つ。

 第六階層にあたしたちは帰ってきた。

 天空のないこの地下都市では、区画を星座という誰も見たことのない一二の名で呼ぶ。

 あたしとセロの事務所兼自宅があるのは、さそり分界とてんびん分界の境、けれど困憊しているはずのセロの足は、家ではない方に向かっていた。そっちは……ああ。


「セロ、仕事の報告にカルダモン行くよナ?」

「分かってるよ。入れられるだけカツを何枚でも入れてくれ」

「あたしが食い意地ばっかりみたいに言わないでヨ! ゆで卵も入れるヨ!」

「分かったって……あれ?」


 第六階層唯一の喫茶店カルダモン。夜遅くまで営業しているはずのドアにはCLOSEのプレート。

 情報屋や仲介屋を兼業している関係で年中無休でやっているはずだが、店内には人の気配もない。

 いつもなら賑わっている時間のはずだが、はてさて?


「……あ! セロさん!」


 声の主は、ヤギの下半身をロングスカートのワンピースで隠した女の子……あ、サテュロスだから両性具有か。

 とにかく戦闘とイタズラにしか興味がないサテュロスにしては驚くほどマジメなカルダモンのウェイトレスさん……だったはずだが、名前は憶えていない。


「ウェイトレスの五十嵐(いがらし)さんだったよね。メシ食いに来たんだけど、店長は?」

「私も何も聞いてないんです。昨日はフツウだったんですけど、さっき来たら開いてなくて。セロさん、なにか聞いてませんか?」

「俺も三日ぶりだしな。なにか急用じゃないのか?」

「そんなわけないんですよ、今日は特別ですからね」

「今日? 何か有ったか?」

「え?」

「え?」

「エ?」


 五十嵐さんの疑問文に、あたしとセロも続く。

 五十嵐さんは、セロが“特別なこと”を知っていると思い込んでいたってことだと思うけどmはて>


「……あ、いえ、その……とにかく、ありがとうございました。もうちょっと待ってみます」

「そう……か? まあ、何か有ったら相談してくれ」

「はい、ありがとうございます」


 何か秘密がある、そう言わんばかりの態度の五十嵐ちゃんだが、頼まれてない調査をするほどヒマでも無作法でもない。あたしもセロもね。

 秘密を隠したサテュロスの五十嵐ちゃんと分かれ、ハラペコのままあたしたちは帰宅することにした。

 セロは疲れを他人に見せたがらない。体力が限界に近付いてもその兆候も肩の上のあたしだから分かるような小さなものでしかない。

 外から二階の自宅に入るためのステンレスの階段は色々有って壊れているので、ツバサのないセロは一階の事務所から入って、中のハシゴで上がらないといけない。

 今日はラッキーなことに、近隣住民にストーブ用の薪割りもケンカの仲裁も頼まれずに家兼事務所についた。

 しかし、ベッドへ行くまでにまだ仕事が有った。事務所のポストに武装配達員が不在票を入れようとしていたのだ。


「猛城セロさん、ですか」

「あたしはワト! はじめまして!」

「はじめまして。ワト様には……お荷物は有りませんね」

「そう! ありがト!」

「……悪いな、うちの相棒が元気すぎるもんでな……」

「ええ。とても良いことだと思います」

「そういってもらえると助かるよ。俺に荷物かい?」

「ええ、猛城セロ様に……お届け物です。静脈認証とサインをお願いいたします」


 武装配達員は科学と魔術を併用した幾魔学の申し子。

 鋼鉄の肉体を銀のタリスマンで動かしているゴーレムで、強盗や横領が多い下階層で信頼されているポストマンだ。

 帽子のツバの陰で銀の眼球が光り、セロが差し出した左手の手首の静脈をスキャンし、鉄の指は丁寧に受け取り票と小奇麗なボールペンを差し出した。


「ありがとう。これは取っておいてくれよ」

「いいえ。チップは結構です。仕事ですから」

「マジメな武装配達員さんだネ。えーっと、G―二八号くン?」

「はい、そうです」

「じゃー……ニッパチくん、かナ」

「お好きにお呼びください。荷物は重いですが、お部屋の中まで運びましょうか?」


 荷物は、人がひとり入りそうなキャリーバックを置いた。かなり重そうだ。


「いや、良いよ。チップを……ワト、俺、財布どこ入れたっけ?」

「いいえ。仕事ですので。必要ありません。お気持ちだけいただきます」

「まっじメー」


 武装配達員はあたしとセロに会釈してから立ち去り、そして第六階層では誰も守っていない横断歩道の信号を守り、律儀に帰っていった。

 なんか和むなぁ、彼みたいなの。

 あたしが彼の背中を眺めている間、セロは伝票をジッと見つめていた。

 送り主はカ・ル=ダモン。情報屋のダモン。はて? 例の店員を無視して無断欠勤してる店長じゃないか。


「確かに結構重いな。何が入ってるんだ?」

「セロ? もしかして“天使を斬れる刀”とかじゃなイ?」

「そんなの宅配便で送るか? ……事務所の鍵、どこ入れたっけ」

「今日はあたしが持ってるヨ」


 ペッと体内の亜次元からカギを取り出し、セロに渡す。

 セロはケースを軽々と持ち上げ、事務所の中へと入っていく。

 んー。セロが左手だけで持ち上げてるから、百キロ以下かな。たぶん。それより重いと右の義手も使って支えるし。

 馬車や軽トラが二~三台入りそうな大きさの事務所。

 ……いや、元々ガレージだから当たり前なんだけど。実際にバイクも置いているし。

 セロのサンドバッグやダンベルでトレーニングジムのようにコーディネイトされているが応接用の机やファイルラックが有るから辛うじて体裁を保っているあたしたちの事務所。

 オンボロの黒電話に取り付けてあるビーズを寄り集めたような安物のアミュレットは赤く光っている。

 留守録はない。三日開けてて連絡が来てないって、探偵事務所として大丈夫なの?

 電気仕掛けの留守録機械より魔術で作られた奴の方が安いからって付けてるけど、要らないんじゃない、これ。


「とりあえずエスをくれ。こっちの荷物から片付けてしまおう」

「ほーイ」


 あたしの亜次元には、もちろんアマチュアのダモンが付けた程度なら外せる名刀がある。

 刀を取り出す間、あたしたちはざわめいた。ふたりに共通するまた忙しくなるという確信めいた予感。

 正式名称は知らない。刃が三日月状の形状をしているシミターという種類の刀なのであたしたちはとりあえずSと呼んでいる。

 セロが持つと刃が透けていく。

 持ち主の意思で個体から液体、気体、霊体と変性(トランス)していき、魔封などの斬れないはずのものだけを斬ることができる。

 ちなみに、セロは一度、この剣を使う殺し屋に殺されかけている。その相手を倒した戦利品なので、正式名称が分からないのだ。

 息を沈め、腰だめに構え、意識を統一して一閃する。


「S、片付けてくれ」


 セロはあたしと違って魔封を見ることはできないはずだが、あたしに当たり前のように剣を渡してくる。

 あたしからすれば巻きついていた鎖のような封印が霧散したので歴然だが、セロは皮膚感覚だけで魔封の斬るべき位置がわかるらしい。

 うーん、探偵としての勘は悪いけど、剣客としてはこれ、すごい能力だと思うんだけどなぁ。

 エルフや獣人でもない“魔”を見る訓練をしてないフツーの人間族が、感覚だけで封印を斬るって。

 あたしが剣を丸呑みして次元に入れる頃、セロはキャリーバックを開けるのではなく、耳を当てていた。


「どしたノ?」

「……ダモンの掛けた魔封じゃなかったような……切った感触がかなり違うな……」

「気のせいじゃなイ?」

「それにこのカバン、生き物入ってないか? 気配がするぞ……?」

「郵送で生物(ナマモノ)贈るのもアウトマナーだけド、生物(イキモノ)はもっとダメでしョ」


 あたしはバサバサとキャリーバックに止まり、指差す代わりにコツコツとつついてみる。

 ――すると、音がした。

 あたしがくちばしでコツコツ、中からトントン。


 もういっかい、くちばしでコツコツコツ、中からトントントン。

 こ、これは……?

 コツコツ、トントン、コットットッコ♪

 あたしが叩くと、リズミカルに中から音がする。

 コツコツトントン、コットトコットト♪

 トントンコツコツ、コツコツトントントントトコンココン♪


「なあ、楽しくなってるところ悪いが……」

「な、なってなイ! あたしは大人だシ! なってなイ!」

「……開けるぞ」


 バックを開けると、大きな瞳が事務所の照明に瞬いた。

 その笑顔には、あたしとセロは目を奪われた。サラサラと流れる金髪、年齢は一〇歳とかその辺りだろうか。

 この汚れのなさは天使だ。 比喩ではない。かつてセロの家族を殺した種族であり、あたしたちが追っている天使そのもの。


「斬る刀より先に、仇が見付かったか……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る